チャペルのひびき

野の花をみよう[2013-09-27]

 秋学期がはじまった。さわやかな風のとおる第一回目のチャペルは満席で、「さあ、はじめよう」という学生たちの気持ちがひしひしと伝わってくる。「空の鳥をよく見なさい、野の花がどのように育つのか、注意して見なさい」という主イエスの言葉からの学長の説教は、ひたむきに生きて、そこに在ることの大切さ、名もない花に目をとめる主イエスの眼差し、そして、野の花を美しく装ってくださる神の配慮を指し示すものだった。併せて、前期に提出された優秀エッセーの表彰式、特に学長賞作品の朗読と、英語検定、秘書検定などの資格取得者をはげます奨学金の授与式が行われた。みんなで、その実りを喜んだ。(大澤 秀夫)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説  教 「 野の花をみよう 」 学長  鈴木 佳秀 先生
20130927チャペル・アッセンブリ・アワー

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
2013年度前期エッセイ・コンテスト授賞式
2013年度前期資格取得奨励奨学金授与式
20130927チャペル・アッセンブリ・アワー

参加学生の感想
感想1)「野の花」はたしかに強く美しいです。でもわたしは、花よりも雑草になりたいです。美しい花を咲かせられなくても、刈り取られるだけの存在であっても、そこに在るだけで価値はあると思うからです。「その日の苦労はその日だけで充分である」。どんな雑草だって今日を生きることに必死です。いつ刈り取られるかもわからない中で、ただひたすら上に上に伸びることだけを考えていきたいと思います。
感想2)今まで自分の人生を振り返ってみると、何もかも着飾っていたと思う。在りもしないことを言ってみたり、人の手柄を自分のものにしてみたりと、目も当てられないことをやってきた。それらは関わってきた人々だけでなく、自分自身をも苦しめていた。自分が何かを成し遂げるということをしたかったからである。何もかも中途半端なままで「できない」「無理だ」と言って投げ出して、辛いことから逃げていた。しかも、空を飛ぶ鳥や野に生きる植物たちは弱音を吐かずに生きている。自分と同じ生き物なのにどうしてこうも違うのか。様々な困難にも逃げずに立ち向かい自分という花を咲かせたいです。
感想3)「明日のことまで思い悩むな」という言葉に衝撃を受けました。私は1時間先のことまでよく悩みます。けれど、明日のことまで悩まなくていいんだと思いました。「明日のことは、明日自らが思い悩む」という言葉が、その通りだなと思いました。今日悩んでも結局明日悩むんだから、わざわざ今日悩まなくてもいいと思いました。
感想4)「切られても切られても力強く生えてくるとても強い生命力を持ったものを雑草と言います」という学長の言葉を聞いて感銘を受けました。私は今まで「雑草」に良いイメージを持てず、惑わされ本質的な美しさに気づいていませんでした。これからの生活では、人と接するとき、何かを見つけた時、様々な出会いの中で本質絵お見極められるようになりたいです。

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