チャペルのひびき

隣人に仕えることを通して、神に仕えていくこと[2016-11-25]

今年度のCAHの年間主題は「隣人となること」ですが、このテーマにふさわしい学びの時として守ることがゆるされました。チャペル・アワーでは、本学副理事長の宇田川潔先生が、神を愛し、隣人を愛する人間を育むという敬和学園大学の建学の理念について、聖書の解き明かしを通して、教えてくださいました。大事なことは、神を愛するという垂直な線と、人を愛するという水平の線の交差点に立つこと、そして、助けを必要としている隣人に仕えることを通して神に仕えていくことであることを改めて心に刻むことができました。引き継ぎもたれたアッセンブリ・アワーにおいては、学生支援センターのセンター長桑原ヒサ子先生、そしてソーシャルワーカーの清野いずみ先生より、新しく施行される「障害者差別解消法」の意図と内容について、丁寧な説明をいただくことができました。桑原先生は、このことに関連し、社会の負担になる者は淘汰されるべきとする優生思想についても言及されました。その際、そのような思想やそれに基づく制度のみならず、ご自分の心の中にも(私たちの心の中にもまた)そのような傾向があり、そのような心の傾きと戦っていくことが大切であると語っておられたのが、深く印象に残りました。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「敬神愛人 ~建学の精神」 学校法人敬和学園副理事長 宇田川潔 先生
20161125チャペル・アッセンブリ・アワー1

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「今年4月1日に施行された『障害者差別解消法』について理解しよう。」 学生支援センター長 桑原ヒサ子 先生
20161125チャペル・アッセンブリ・アワー2

<参加学生の感想>敬和学園の建学の精神「敬神愛人」について、言葉自体は何度か学内で耳にしたことはありましたが、深く考えたことはありませんでした。神を愛するということと、隣人を愛することの両方が大切というのは身近にいる人々を好きになり、友となる気持ちを持って接することができる人間でなければ、遠くの神を身近に感じることも「神が自分を愛してくれる」と感じることも(実感がないために)できないなのかなと思います。トランプは「イスラム教徒たちは我々の友人ではない」というようなことを言っていましたが、そのように人を迫害し、自分たちの民だけが幸せであればよいという考えは破滅を招くものだと思います。
感想2) 障害に対して、差別をしたりする人は自分自身がそのようになる可能性を考えていないのだと思います。また他人に優劣をつける考え方は、学校教育等の影響でどうしても人々から抜けない価値観なのかもしれません。しかし、仮に能力的に劣っていたとしても、価値が低い訳ではありません。それを理解できていない人が、この社会には多すぎると思います。一般社会で労働できるか否かは人の価値を測るものさしにはならないと思います。
感想3) 私自身、障害をもっている方に対して偏見はもっていないと思っていましたが、先生の話を聞き、もしかしたら自分にも差別の芽はあるのかもしれないと思いました。確かに差別までいかなくともなんであれができないのだろうと、偏見の目で見てしまったことがありました。先生の話を聞き思い出せてよかったです。また、中学・高校と障害をもっている方との付き合い方や社会の対応など学んできた中で、大学でもこのようなお話を聞けるのはとても貴重なことだと思います。今日聞いたお話を今後に活かし、困っている方がいたらその人の気持ちになり、されたら助かることなどを考え行動していきたいです。

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