チャペルのひびき

仕えることの喜びとみ言葉の受肉[2017-05-19]

金山愛子先生が、恩師であられる桝本梅子先生というお方について、ご紹介くださいました。一見、厳しく思える神に仕えてゆく生活(それは、実は隣人に仕えてゆくことと同義でもあるのですが)が、実は、喜びに満ちたことであること、仕えることを通して、人は、逆に多くの恵みと喜びを与えられるということを、桝本先生との出会いを通して教えられたとの貴重なお話しでした。それは桝本先生の生き方を通して、聖書の言葉のもつ真理が金山先生の心において結晶(結実)していったということでもありましょう。それを、金山先生は、ヨハネ福音書の冒頭の神の言葉の受肉のできごとと重ねてお話しくださいました。学生一人ひとりの歩みと心の中にも、このような言葉の受肉(将来に向けて人生を方向づけてくれるような神の言葉の真理の開示)ともいうべきことが起こるようにとの願いと祈りを添えられながら。引き続いてのアッセンブリ・アワーにおいては、松永堡智先生(新津福音キリスト教会牧師)が、カルト宗教について、その恐ろしさについて、注意すべきことについて、丁寧に教えてくださいました。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「洗足」 教授 金山愛子 先生
20170519チャペル・アッセンブリ・アワー1

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「カルト・知らなかったでは遅すぎる。」 新津福音キリスト教会牧師 松永堡智 先生20170519チャペル・アッセンブリ・アワー2

<参加学生の感想>
感想1) 桝本楳子先生は、子どもを女手一つで育てた。金山先生が師匠と考える方であることを知りました。仕えられる側は、仕える側に幸福を与える。新約聖書には厳しいことが多くあるけれど、神を恐れることは仕えながら信仰するのとは少し違う。神に仕え信じていればよいと思うくらいでも、個々の捉え方なので、否定されることはない。現代と少し矛盾を感じても、歴史書として解釈し直していけば、そこまで縛られることはないということを知りました。
感想2) 松永堡智先生の講演を聞いて、真面目な人であればあるほど誘いにのるということを知って「私は誘いに絶対にのらない」と思わないことの意味がわかりました。カルトに誘われる若者は今の時代を「つまらない」時代と考える人が多いと聞いて、私も毎日変わらない日常生活を送っていることにまれにつまらないと感じたり、もっと今とは違う生活をしてみたいと思ったりすることがあるので、カルトの誘いにのったり、はまったりしないように気をつけたいと思いました。人を救う医者がサリンを撒いて事件を起こしたと聞いて、どうしてそこまでになってしまったのか、自分はカルトにコントロールされていないと思っていても、実はコントロールされていると言っていたのを聞いて、それはすごく怖いことだと感じました。

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