チャペルのひびき

新発田という地の持つ文化的な魅力[2017-06-02]

ご自身の周りに人々が群れをなして押し掛けるようになってからも、一人となって神に祈りをささげる時間を主イエスが大事にされておられたことをマルコ福音書から学びました。「一人でいることのできないものは、大勢でいることに気をつけなさい」とのボンヘッファーという神学者の言葉も併せて紹介いたしました。人とつながっていないと不安でたまらない現代だからこそ、人を恐れることなく、人を愛することを可能とさせる、「神と共に一人いる」ことの意味を考えていただきたく思います。引き続いてのアッセンブリ・アワーにおいては、同志社大学・京都と茶文化研究センターの宮武慶之先生が、新発田藩主溝口家のコレクションの文化的価値についてお話しくださいました。とりわけ十代目藩主、翠濤に焦点を当てた際に浮かび上がってくる新発田と江戸を往還するものとものとの、人と人との結びつきには大いに魅せられました。学生諸君にとっても、新発田という地の奥深さを見つめ直すきっかけになったことでしょう。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「ひとりでいることと共にいること」 宗教部長 下田尾治郎 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「溝口家の茶の湯-江戸と新発田をつなぐ-」 同志社大学 京都と茶文化研究センター研究員 宮武慶之 先生
20170602チャペル・アッセンブリ・アワー1

<参加学生の感想>
感想1) 神さまとのつながりを大切にすることで、人とのつながりも大切にすることができるということを改めて思いました。今の私たちはスマホでのつながりがほとんどですが、そのようなつながりは弱くもろいように感じます。神さまとのつながりは、人と人の本当の絆をつくっていけるものかもしれない。
感想2) 生きていく中で孤立というものはあるというのにはそうだなと思いました。また孤立と言うと聞こえが悪いけど、決して一人でいるということが悪いことではないということに改めて気づかされました。SNSなどで浅い関わりではなく、人と会い、電子機器と少し離れた生活が大切なんだと思いました。
感想3) 新発田には宝がたくさんあることを知った。自分が住んでいる新潟・新発田には何があるのだろうか興味が湧いてきた。宮武先生のお話を聞いて、新潟下越を納めていた溝口家、その歴代藩主が茶の湯に親しんだこと、新発田には翠濤庵(すいとうあん)があること、新発田には多くの茶室があったこと、等。本当に知らないことばかりで、新発田のことを調べてみようと思いました。
感想4) 今日は宮武先生から溝口家・茶の湯のお話を聞きました。新発田と江戸にはさまざまなつながりがあることを始めて知りました。溝口家の旧蔵品に「雪舟の水彩画」があったとは凄い。「富士画賛」は全く聞いたことがありませんでしたが、凄く繊細に富士山が描かれていて、きれいだなぁと思いました。樋木酒造が所蔵する「猿」は、2つあって、同じように見えるけれども、よく見ると猿の表情や手の長さが違って見えるので、とても面白い。江戸時代の文化はとても幅が広く、どれに注目していいのか分かりませんが、今日の話で聞いた作品を中心に見ていこうと思います。

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