チャペルのひびき

平和の使徒として[2017-12-22]

クリスマス燭火礼拝として守りました。ろうそくに灯された光を見つめながら、神さまがこの世界に与えてくださった贈りものであられるイエス・キリストの到来を喜び祝うひと時でした。メシア預言の一つとされる「イザヤ書」からは、闇に輝く光として来られる救い主が真の平和を打ち建てられる方であることを学びました。その平和とは武力による平和ではなく、むしろ弱肉強食的原理と力を放棄したところに打ち建てられ、弱き者たちの権利が守られ、異なる者たちの共生が可能とされるような平和であることを聖書は語っています。新しき年の始まりにあたり、敬和学園大学に集う私たち一人ひとりが、「平和の君」であられるイエス・キリストの光のもと、争いやまぬ世界の中にあって、「平和の使徒」としての使命を担ってゆく志を胸に抱きたいと思います。皆さんのこの一年の歩みのうえに、神さまの祝福をお祈りいたします。(下田尾 治郎)

クリスマス燭火礼拝 
説教 「闇の中に輝く光」 宗教部長 下田尾治郎 先生
20171222チャペル・アッセンブリ・アワー1

20171222チャペル・アッセンブリ・アワー2

キリスト教音楽受講者によるコーラス KEIWA Choir
20171222チャペル・アッセンブリ・アワー3
 
<参加学生の感想>
感想1) キャンドルがとてもきれいで心が洗われるような気持ちになった。聖歌隊の人たちの歌声もとても美しくて素晴らしかったです。私も自分自身を否定してばかりで暗い気持ちになることが多いけれど、自分の心のろうそくに火を灯し、自分自身を肯定していきたい。 
感想2) 初めての燭火礼拝でした。ろうそくの光はとてもきれいで明るかった。闇の中に輝く光も明るくて、希望に満ちたものなのだろうと思いました。聖歌隊の賛美歌の美しい歌声でした。クリスマスは自分だけではなく、世界中の人たちや身近な人たちのことを考えながら過ごすものであるということが下田尾先生のお話で分かりました。
感想3) 聖歌隊の清らかな歌声が素晴らしかったです。下田尾先生のお話で、神がモーセを通してイスラエルの人々に命の責任について、心の外に置かれる人はいないと説いたことによって一人ひとりが大切な存在であることと考えることができました。自分も、心の外に置かれてしまっている人のことを考えられるように、せっかく敬和学園大学に入ったのだから、クリスマスにはその人たちのために祈ろうと思いました。 
感想4) 下田尾先生のお話で、光というものはどんな時でも人に希望を与えているのだと感じました。そしてその光は自分一人のためではなく、すべての人に与えられていて、それを自分のためだけにすることなく、すべての平和を願っているのが聖書だと知りました。

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