学長室だより

2003年6月6日号

敗戦の詔勅を聞いたのは、山形県の鶴岡でした。盛夏の中学校の校庭に集められて、不動の姿勢で「玉音」に耳を傾けました。その後の昏迷のなかで、私は2冊の本を読みました。徳田球一の『獄中十八年』と尾崎秀実(ほつみ)の『愛情はふる星のごとく』の2冊でした。徳田は日本共産党の指導者でした。尾崎のほうはゾルゼとともに国際スパイ組織に加わり、発覚し、逮捕されて、敗戦の前年末に処刑されました。妻と娘にあてた獄中書簡集が、この書です。すごい読書家で、獄中で正岡子規、ウィムパーの『アルプス登攀記』、マキャヴェリの『君主論』、島崎藤村の『夜明け前』、小島祐馬の『古代支那研究』等を読破しています。日本軍国主義の誤謬を知り、その終わりの知かきを信じて、狂気の国家を正道に引き寄せようとして行き、命つき、43年の生涯を終えたのです。半世紀以上も前に、この書物に日本海寄りの小都市で出会ったことは、私にとって忘れることのできない出来事となりました。この書が今般、「新編」と銘うって、岩波現代文庫から出版されたのです。しかもそれは、私が新発田に落ち着いたこの4月のことなのです。この小都市の一書店に、さっそくそれを注文して、購入し、この「新編」を学長室で読みました。新発田での読了第1号の書物となりました。私の過去の形成にかかわる書物であり、またこれから行くべき「正道」を暗示する書物とも言えるものでありましょう。(新井 明)