学長室だより

2004年6月4日号

あの先生は、いまどうしておられるかな、と懐かしく、また半ば不安を抱きつつ思い出す方がたがある。この学長室で、最近とくにそのお顔を思い出すのは、この学園の発足当初からおられて、アメリカ文学や詩の講義をしてくださったG氏のことである。功績のあった方である。一度退任されたはずなのだが、そこら辺の理解が、やや曖昧で、アメリカには定年というものはない、と主張しておられたと聞く。昨年の暮れに、もう齢80にちかい老教授に学長室へ来ていただき、わたしは言った、「お名前を汚したくない。いったんお別れしましょう。」そう言ったあとで、同氏の英訳で与謝野晶子の短歌を朗誦した。「さびしさに百二十里をそぞろ来ぬと云ふ人あらばあらば如何ならむ。」G氏の英訳が、またいいのだ。われわれ二人のあいだの空気が和んだ。和みのなかで、G氏は、やや涙ぐまれた。現実の厳しさは消え、詩の世界が出来(しゅったい)した。かれはわたしに握手を求めて、部屋をあとにした。いま、この元教授はどうされているかな、と思い出されてならない。(新井 明)