学長室だより

2006年9月29日号

旧約聖書に出るヤコブはイスラエルの先祖とされる人物だ。兄のエサウを出し抜いて富をなし、その兄のもとに帰ってくる。ただでは済まされぬと覚悟していた。そこで、山ほどの捧げもの ― やぎ、牛の類 ― を前面に出して、兄の領分に近づく。ヤボク川を渡った一夜、ある人が来て、格闘になった。ヤコブは脚に傷を負ったが、やっとのことで、相手を抑え、命は助かった。相手の名を聞くと、「お前は神と戦って勝った」という答えであった。ヤコブの驚きは大きかった。ここで死ぬはずの自分だが、神のほうでわざわざ負けてくれて、こちらを生かしてくれたのだ。この後、兄エサウとの関係は回復する。
9.11事件を思うにつけても、神が人のために負けたことの意味を思わざるをえない。自己が中心に居座って、他を上から裁くことが、人間を救うことにはならない。(新井 明)