神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

2015年度後期卒業式 式辞[2016-03-18]

20160318卒業式

卒業式で式辞を述べる山田学長

 

卒業生の皆さん、ご卒業おめでとう。保護者ならびにご家族の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
卒業生の皆さん、大学生活の4年間に最低で60を越える講義や演習や語学に出て、講義では毎回のようにミニッツ・ペーパーに短い文章を書き、講義や演習ではさまざまなテーマについて何十ものレポートを書いて、自分の考え方の土台を造ってきました。また、ボランティア活動、実習、インターンシップ、アクティブラーニング、クラブ活動、サークル活動、アルバイトなどの経験を通して、自分はどう生きるべきかを考えて、高校卒業時と比べると、より自由に考えて、それを経験で裏づけ、飛躍的に「精神的な自立」を果たしてきました。

これからは、「精神的な自立」に基づき、職につき収入を得て、「経済的な自立」を果たしていこうとしています。大学は小学校・中学校・高校の後に来る教育課程の最終の段階に位置づけられるだけではありません。現在では大学は、いつでも、どこでも、だれでもが学ぶ「生涯教育」の最初の段階に位置づけられています。卒業生の皆さんは、さまざまな事柄の基礎的な知識を身につけて、あるテーマについてデータを集めて分析し、論理的に考えて、問題解決に導く基本的な方法、すなわち生涯学んでいく方法を身につけてきたはずです。

知識は日進月歩に進歩しています。大学で学んだ知識そのものは、自然科学・社会科学・人文科学とジャンルによってそのスピードは異なりますが、古い知識となっていきます。社会人として学ぶことは、大学で学んできた事柄とは異なる直接職業に結びついた事柄であるかもしれません。社会人として絶えず新しいことを学び続ける姿勢、失敗を恐れずに新しいことに挑戦する意欲を忘れないでください。

どのような職業にも貴賤はありません。自分の職業が社会の中でどのような役割を担い、社会の中で果たす使命にしっかりと目覚めましょう。来年2017年は宗教改革500年の年になります。ルターの『キリスト者の自由』は前半では神の愛により自由になり、後半では得られた自由を職業によって人に仕え、隣人愛を表すことを勧めています。仕事を通して「人に仕えること」「人をもてなし」「人にサービスすること」を心懸けていきましょう。

聖書朗読されたマルコ福音書10章35-45節は、職業倫理を示し、いかに生きるべきかを示す個所です。イエスの12弟子の中では、ペトロとアンデレの兄弟とヤコブとヨハネの兄弟という二組の漁師の兄弟が中心的な弟子でした。ここではヤコブとヨハネが、神の国ではイエスの左右に座らせるようにと無理な願いをします。それに対してイエスは、彼らが何を願っているか分かっていないことを指摘します。それを聞いた10人の弟子たちはヤコブとヨハネに対して腹を立てます。そこでイエスは弟子がどう生きるべきかを弟子たちに諭します。

「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振っている。」イエス時代のイスラエルはローマ帝国の支配下にありました。「異邦人」とは具体的にはローマ帝国の支配者を指しています。ローマの皇帝はローマ帝国の巨大な軍事力を背景にして、力で支配していました。それに対してイエスはこう答えます。「しかし、あなたがたの間では、そうあってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん偉くなりたい者はすべての人の僕となりなさい。」

ここでイエスが使っているキーワードの「仕える者」という言葉は、新約聖書が書かれた原語のギリシア語では「ディアコノス」という言葉が用いられています。それは「食卓に食事を出す給仕」が元来の意味です。その当時は「給仕」するのは、奴隷の仕事でした。また、もう一つのキーワードの「(すべての人の)僕」と訳されている言葉も、直訳すると「奴隷」という言葉です。徹底して「仕える」ことの隠喩(メタファー)として「奴隷」のイメージが用いられているのです。ローマ皇帝の力による支配とは対比して、弟子たちの間では奴隷のイメージを用いて「徹底的に仕える」こと、徹底して仕え合うことを教えています。ここでは人に仕える人がその組織のなかでリーダーとなる「サーバント・リーダーシップ」というリーダー論が語られているのです。

卒業生の皆さん、どのような職業につこうとも、人をもてなす心とサービス精神に溢れた心で、徹底して人に仕える人になることを心掛けてください。そうすれば社会は少しずつより住みやすくなっていくことでしょう。来週はキリスト教のカレンダーではイエスが十字架上で人類の罪のために身代わりになった受難週という週に当たります。イエスはただ単に人に仕えよと教えたばかりではなく、徹底して仕える人であることを身をもって示したのです。パウロの第一コリント書の結びの言葉をもって、式辞の言葉の結びとさせていただきます。イエスの心を自分の心として「しっかりと立ち、雄々しく、強く生きなさい」(Ⅰコリント16:13)。

2016年3月18日
敬和学園大学長 山田耕太

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