神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

インマヌエル(神我らと共にいます)[2016-11-25]

20161125クリスマスツリー点灯式1

点灯の祈りを捧げました

 

クリスマスツリー点灯式

11月の最後の日曜日からクリスマス直前の日曜日までの4週間を「アドヴェント」と言います。「アドヴェント」とはラテン語 ”advenio”(やって来る)という動詞の名詞形で「クリスマスがやって来るのを待ち望む期間」という意味で、日本語では「待降節」と言います。最初のアドヴェント(第一アドヴェント)は、今年は11月27日です。その日からクリスマスを待ち望む季節である「待降節」に入ります。その日からクリスマスツリーを点灯し、クリスマスカードを送り始めます。教会の礼拝では一本ずつロウソクが灯されていきます。アドヴェントの期間にクリスマスを迎える心の準備をします。

クリスマスのメッセージは何でしょうか。クリスマスは「光の祭」であり、光である神の子を心の中に迎え入れ、心の中にも希望の光を抱いて御子の誕生を祝う日です。そのメッセージの中心は「インマヌエル」という言葉にあります。「インマヌエル」は、ヘブライ語で「神我らと共にいます」という意味の言葉です。「インマヌエル」という言葉はマタイ福音書のイエスの誕生物語の中に出てきます。その物語の概要は次のとおりです。

婚約中のヨセフとマリアがまだ男女の関係をもつ前に、マリアが身ごもってしまったことを知ったヨセフは、マリアが他の男と男女関係をもったのではないかと思って、大変不安になり、深い悩みの末に婚約を破棄しようとします。一見するとどこにでもありそうな大変スキャンダルになりそうな話です。ヨセフは不安と苦悩の渦中に、ある晩に夢を見ます。夢の中で神の使いである天使が現れて、ヨセフにお告げを語ります。「マリアは他の男の人と交わって子供を産むのではない。神の霊によって神の子を産むのだ。それは預言者イザヤが預言している言葉『見よ、乙女(処女が)身ごもり男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる』(イザヤ7:14)が実現するためです。」(マタイ1:18-25)

ヨセフはこの天使の言葉を聞いて、一見するとスキャンダラスに見え、世間体では表立って言えないできごとの中に、神の不思議な摂理が働いていることを知ります。不安と悩みの渦中にいたヨセフは、やっと心の中に希望の光が差し込むのを感じて安心するのです。
クリスマスではイエスの誕生を祝うのですが、それは一言でいうと「インマヌエル」(神我らと共にいます)ということを改めて認識し感謝するのです。不安で一杯なこの世の中に神の子が誕生して、「安心しなさい」「平安あれ」(シャーローム)と神は私たちの心に語りかけてくださるのです(ルカ24:36、ヨハネ20:19, 21, 26)。

神はどこにいるのでしょうか、天上でしょうか、地下でしょうか、遠くにでしょうか。近くにでしょうか。目に見えない神は私たちが「ある」「いる」「存在する」という「存在の根底」を支えていてくださるのです(出エジプト3:14)。私たちが意識しようが、意識しまいが、私たちの存在を支えていてくださるのです。「命の源である神」は、私たちがどこにいようが私たちを支えていてくださるのです。神は「私が座るのも立つのも知り、…天に登ろうとも、陰府に下ろうともそこにいます。…海のかなたに行こうとも、そこにもいて、御手をもって私を導き、右の御手をもって私をとらえてくださる」(詩篇139:1- 10)のです。クリスマスのメッセージは「インマヌエル(神我らと共にいます)」です。共に祈りましょう。

2016年11月25日
敬和学園大学長 山田耕太

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