図書館

敬和学園大学 図書館だより(2006年1月号)[2006-01-01]

寄贈図書について (学長 新井 明)

もう半世紀ちかくも昔のことだが、わたしが米国へ留学に立つことが決まったときに、恩師・福原麟太郎先生のお宅にお別れのご挨拶にうかがった。東京の野方(のがた)というところの、当時はまだ田舎風の静けさを保つ土地柄に建つお宅であった。その折に、先生は英国で出版された古い古い英会話の本をくださった。先生がよく使われたことの分かる、小型本であった。その表紙裏に、先生は、「わが過去の一部をなした書籍を君に贈る」としたためてくださった。わたしはそれを大事に持って、太平洋を渡った。

このごろ敬和学園大学の図書館に、たくさんの寄贈図書が送り込まれる。今年度だけでも、合わせると百数十箱となる。要らなくなった本を不用品として、単に履き捨てるという気持ちから、送りつけてくるのではない。読みたくて購入し、なかには本当に読んだ痕跡の残る図書を手放すというのは、容易なことではないはずだ。内村鑑三系のあるご老人は、年をとってきたので、新井さんのいる学園になら思い切って寄贈しようということで、膨大な数にのぼる古書・稀覯(きこう)本をくださった。個人研究室の半分は箱で埋まった。また、或る方は早世した息子さんの、百箱をこえる書籍をお届けくださった。東京の或る有名出版社はわたしに電話をくれて、いまは内緒だが、やがて出版業をやめるので、要る本は差し上げる、ということで、分厚い出版目録を送ってきた。だいぶ頂戴した。
書籍はいずれも「わが過去の一部をなした」宝物である。だから以上のような場合、余ほどのご好意を感じなくてはならない。ただ、図書館には限界がある。だから図書館側は苦しむのだ。敬和学園大学は、図書館委員会を中心に重なる協議をへて、おおよそ次のような方針を打ち立てた。第1に、重要書籍は保存する。ただし、第2に、(例外は除いて)複本は置かない。第3に、複本とみなされる書籍は、図書館事務室内の書架に一定期間保存して、その間、教職員の求めに応じて私物として渡す。第4に、そこでも必要とされない書籍は、図書館入り口の外に立つ書棚に並べて、一般学生にプレゼントする。第5は、それでも見放された書籍はある古書店(東京・神田)に引き取ってもらう。(実際に相当数の古書が神田へ行った)

このシステムはそれが認められるまでに、紆余曲折があった。それに辛抱づよく対処し、図書館委員会の諒承をえて、実施に踏み切るにいたったのは、館長・安藤教授のご功績である。敬和学園大学は当分この方式を崩すことはないであろう。しかし同時に、敬和はこれらの蔵本が「過去の一部をなした」方がたへの感謝の気持ちを長く忘れないつもりである。そのことを、館長として2年をお勤めくださった安藤先生にお誓い申し上げるのが、先生のご苦労に報いる道であると信じる。

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