図書館だより

敬和学園大学 図書館だより(2010年3月号)

学生に推薦すいせんしたい本 (英語文化コミュニケーション学科 教授 川又かわまた 正之まさゆき

外国語がいこくご学習がくしゅう科学かがく第2だいに言語げんご習得しゅうとく理論りろんとは何か』 白井恭弘しらいやすひろ著、岩波いわなみ新書、2008年。

「どのように英語を勉強したら英語がマスターできますか。」とは、私自身が英語を教えることに関わるようになって以来、それこそ数え切れないくらい受けてきた質問です。そして質問をする人々は、老若ろうにゃく男女なんにょを問わず、そのほとんどが皆まじめに英語の勉強に取り組み、少しでも自分の英語力を伸ばそうと日々努力されている方々です。
ここで紹介する『外国語学習の科学―第2言語習得理論とは何か』(白井恭弘著、岩波新書、2008年)は、そういった質問に、理論的りろんてき科学的かがくてきな裏付けをもとに、なるべくわかりやすく答えることを目的として書かれたものです。本書では、異言語いげんご(外国語)として「英語」を中心に取り上げていますが、他の異言語を勉強する人にも役に立つように書かれています。なお、私はゆえあって「異言語」という表現を使うようにしていますが、皆さんは白井さんのタイトルのように「外国語」とえて読んでくださってかまいません。
敬和学園大学には、朝鮮語や中国語(本当はこの呼び方も少し問題があるのですが、ここではそのまま使います。)を母語ぼご(「母国語ぼこくご」ではありません!)とする留学生もたくさんおり、多くの日本人にとって母語である日本語を、異言語の一つとして学んでいますが、そのような皆さんにとってもいろいろと参考になることが書かれていると思います。なお、日本語を勉強している皆さんのために、この原稿では一部の漢字にルビ(ふりがな)が振ってあります。内容もなるべくわかりやすく書くようにしましたので、ぜひがんばって読んでみてください。

さて、本書は全部で6章から成っています。第1章では、異言語を学ぶ際の母語の役割やくわりについて述べられています。これは日本人が英語を学ぶ際の日本語の役割と考えてもらうとよいと思います。第2章では、子供はその言語が話されている地域で生活すると、ほとんどがその言語を(聞く、話すという点では)かなりの程度使用できるようになるのに対し、なぜ大人はそうではないのか、という問題が取り上げられています。こういった異言語学習における「年齢ねんれい」の問題は、専門的には「臨界期仮説りんかいきかせつ」と呼ばれており、さまざまな研究が行われてきています。第3章では、異言語学習においては、いったいどのようなタイプの人が成功しやすいのかということについて、「適性てきせい」(あることに向いているかどうか)と「動機どうきづけ」(あることをしようとする意欲いよく要因よういん)の2つの観点を中心にまとめられています。第4章では、私たちがどのようにして異言語を身につけていくのかという「過程かてい」と「メカニズム」について、これまでに第2言語習得研究という分野で明らかにされてきたことを紹介しています。第5章では、異言語の指導法しどうほう学習法がくしゅうほうについて論じ、第6章では、それまで述べてきたことを踏まえて、効果的こうかてきな異言語の勉強法について、具体的なアドバイスをしています。この本はもちろん最初から順番に読んでいってもよいのですが、それはちょっと大変という皆さんには、以下の箇所かしょだけでも目を通すことをおすすめします。

第1章のpp.21-23 では、文化的な背景はいけいに根ざした言語転移げんごてんいの問題が取り上げられています。日本人は「すごく歌がお上手ですね。」などとほめられた時には、「いえいえ、そんなことはありません。」と(一応は)否定することが社会的な慣習かんしゅうとされていますが、これは「謙譲けんじょう」を重んじる日本の文化的な価値観かちかん反映はんえいされたものととらえることができます。このような価値観を、たとえば日本語とは背景となる文化が異なる英語を使用する時にはいったいどのようにしていったらよいのか、また日本語を異言語として学習する人々に教える場合、どのように取り扱っていったらよいのかは、皆さんにも考えてもらいたい大きなテーマです。
同じく第1章のpp.24-27 は、留学生の皆さんにはぜひ読んでもらいたい箇所です。ここでは、「ビールはえている」や「財布さいふがみつかった」といった日本語でよく使用される自動詞じどうしの表現が取り上げられています。こういった例文は、日本語を母語とする人々には特にどうというところはありませんが、日本語の学習者には不思議ふしぎに感じられるということです。つまり、「ビールは(誰かによって)冷やされている」ものであり、財布は「(誰かによって)見つけられる」ものであるというわけです。(財布は自分では出てこない!)日本語は、動作主どうさぬしかくしてあたかも物事ものごとが自然に発生はっせい推移すいいしたかのように表現することを好む言語である、ということが背景にあるわけですが、言語と文化の強い結びつきを感じさせられる部分ですね。他にもこのような例がないかどうか、日本人の学生と話し合ってみてください。

最後の第6章 (pp.164-183) は、「どのようにしたら学習している異言語(ここでは英語)がマスターできるか」という質問への白井氏の解答ということになります。特に「分野をしぼってインプットする」(pp.164-167) で述べられている「自分で教材を選ぶ場合には、興味があって一定の知識があるものを」、「リスニングは、聞いても20%しかわからないものより、80%以上わかるものを何度も聞く」、「二言語放送を利用し、最初は異言語で、次に母語で、最後にまた異言語で聞く」などは、私自身も実践じっせんしてきたことですし、皆さんも明日からといわず、今日から取り組めることですね。「昔使った中学校や高校の教科書を活用する」のも、お金もかからず経済的けいざいてき、かつ効果的でしょう。「例文暗記れいぶんあんき効用こうよう」(pp.167-168) では、例文、ダイアローグ(対話)を暗記することの重要性じゅうようせい強調きょうちょうされています。私も、大学生時代はNHK(日本放送協会にほんほうそうきょうかい)のラジオ講座を毎日録音し、ダイアローグを暗記するようにしていました。また、重要な表現はカードを作成し、最初は日本語を見て英語が言えるように、その後は何も見ないで言えるよう暗記しました。皆さんは、できれば、(たとえば英語であれば)キング牧師ぼくしの演説などを暗唱あんしょうするなど、さらに発展はってんさせるとよいでしょう。「単語たんご文脈ぶんみゃくの中で覚える」(pp.172-173)も大切です。私自身、大学受験の際は、ある受験用の英単語集を使って勉強していました。でも、その単語集には単語と訳語しかっていなかったので、辞書をつかって例文や表現をどんどん書き込んでいきました。たとえば、 “compromise” は、「名詞 妥協めいし だきょう」としか出ていませんでしたが、これに “reach (come to) a compromise”(妥協する)、 “make a compromise with A” (A(人など)と妥協する)などの表現や、 “Compromise is ever the fruit of discussion.”(妥協は常に議論の結実ぎろん けつじつである。)といった例文を書き加えていったのです。このようにすることで、 “compromise” がいったいどのような動詞や前置詞どうし ぜんちしと結びつくのかが(このような関係をコロケーション(collocation)と言います)わかりますし、例文で覚えればそれを実際に話したり書いたりする時に活用できます。留学生の皆さんは、「大役たいやくを」と読んだり聞いたりしたら、「まかされる」、「引き受ひ うける」、「おおせつかる」といった表現が来ることを意識的いしきてきに覚えるようにしていくとよいと思います。暗記は今の学生にはあまり好まれないようですが、異言語学習においてはやはり必要なことだと思います。

最後に、(これは白井さんというよりは私の考えになりますが)異言語学習において最も大切なことは、「明確な目的意識めいかく もくてきいしき(何のためにその異言語を学習するのか)」と「継続的けいぞくてきな努力」の2つになるかと思います。この2つがあれば、(逆説的ぎゃくせつてきになりますが)どのような教材を使用しようが、どのような学習法を取ろうが、必ずや一定の成果をおさめることができるでしょう。いろいろな知識をたくさん吸収きゅうしゅうできる大学生時代に、異言語に限らずさまざまなことに知的好奇心ちてきこうきしんを持ち、しっかり勉強してください。敬和での学びが豊かなものでありますように。