学長室だより

2003年6月27日号

アキノ夫人がフィリピン大統領として日本を訪れたのは、1986年11月のことでありました。宮中に招かれた折に、俳句を献呈しておられます。
“In pain and sorrow / I have never been alone./ Many thanks,dear Lord.”
翌日の新聞に、「外務省和訳」として、「苦しみと嘆きの中にある吾を神みそなはし いやし給へり」と発表されました。
これは変だと思ったわたくしは、New York Times やTime を調べてみました。アキノ大統領がささげたのは、間違いなく“haiku”なのでした。しかし、外務省は「和歌」に訳しました。やはり、「俳句」は宮中では遠慮されたのでしょう。
敬和学園大学に来て、ある授業でこのことにふれ、これは他国の元首に対して失礼ではないのか、とわたくしは語りました。それならば、あなたがただったら何と訳すか、と問い、日本語の俳句に訳してみてくれ、とレポートを課しました。2週間ほどの時間をへて、ある3年生が、「苦しみも痛みも神の愛の中」、「心中をみつめればわれ主と共に」と和訳したのです。これはまさしく詩になっています。わが敬和学園の学生の訳詩のほうが、アキノ大統領のこころに適っていること、歴然としているではありませんか。この世で真に求められているのは、相手のこころを尊ぶことのできる人なのでしょう。(新井 明)