学長室だより

2003年8月1日号

4月に新入生オリエンテーションのために行った黒川村・胎内(たいない)へ、夏になってから、また行ってみた。大学から片道やく30キロたらずの渓谷ぞい。山間の僻陬(へきすう)に、ロイヤル・ホテルという名前の豪華な西洋風宿屋がある。森林と渓谷とからなる立体的な空間の息づかいが、人を憩わせるのであろう。相当数の人びとが来ていた。家族づれが目立つ。
春に来たとき、大きな自然石に刻まれている句の前に釘づけになった。「生命なり怒涛の果に残る道  壇 一雄」。なんと大きなスケールの句か。この作家は、30年ちかくも前に、世を去ったはずだ。だから、この地を訪ねたのは、もうだいぶ前のことなのであろう。わたしはすこし経ってから、黒川村の役場に電話をいれて、この村と壇さんとの関係を聞いてみた。村長(当時)の伊藤孝二郎さんとのご縁で、この作家はこの地へ足を入れたとのことであった。(娘さんのふみさんも来ておられるとのこと。)
その伊藤さんがこの夏、逝去された。この山村に新しい息を吹き込み、人びとに安息をあたえる土地に変えた人が。壇 一雄のあの一句は、この村君子に捧げるの作として、新しい息をあたえられた、という思いがする。(新井 明)