木を育てるように(2代目学長 新井明)

2003年9月9日号[2003-09-09]

台風10号が佐渡沖をとおり、日本海上を北海道の東にむけて去った。翌朝、散歩をしていると、濡れた空気のなかに、葵(あおい)がみごとな花をつけていた。白い花、紫の花、またその花弁の中心に深紅にちかい模様をつけている花々。緑の葉にかこまれて、この花々をのぞかせている葵の立ち姿は、真っすぐないのちを感じさせる。これは育ちの早い木である。来夏はどのくらいになっているものであろうか。
先週、中条町(なかじょうまち)の交通安全協会の女性会員の数十名が敬和学園大学を訪れてくださった。学長の挨拶のあとで、質疑の時間があった。この世には、どうして曲がった人びとがいるのでしょうか、という質問もあった。人は育ち盛りに、その人がもって生まれた個性を十分に延ばすことが必要であって、たとえぱ偏差値とかいう妙な尺度で、純な個性をつぶすようなことがあってはならない。競争社会で若くして個性をつぶすのは冒涜というものだ。そのような冒涜が、暴力を生む。
白い花。赤紫の花。来年はもっと上のほうにも、花をつけるはずである。来週は、出張の途次、八ヶ岳南麓の小屋に2泊する予定だ。勉強部屋のすぐ外に植えた葵の木は、どれほどに育っているだろうか。(新井 明)

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