木を育てるように(2代目学長 新井明)

2004年5月7日号[2004-05-07]

旧約聖書の「レビ記」のなかに、次のような一節がある。「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない」(19章10節)。寄留者というのは、在留異国人のことであって、本国人のように、生活の基本的権利をもつことは許されず、通常は貧困にあえぐ人びとであった。収穫の余剰はこの種の人びとのために当てよ、といういましめが、聖書の各所に出る。われらイスラエル人も、かつてエジプトでは、社会の最下層を構成する長い時期を経ているではないか、というのである。
いまこの世にあるどの民族も、また個人も、このいましめの意味を想起しなくてはならない。想起して、行動に移さなくてはならない。そうすれば、世界の苦悩の大半は消滅するはずである。新学期最初のチャペルで、ミレーの「落ち穂ひろい」を思いつつ、そう語った。(新井 明)

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