誰かのために生きる(3代目学長 鈴木佳秀)

汝の若き日に汝の造り主を覚えよ[2009-05-08]

敬和学園高等学校では毎朝チャペルの時間があり、内外の講師が説教を担当されているという。依頼を受け、4月21日に説教を担当することになり講壇にのぼった。授業が始まる前の時間帯で、説教に与えられた時間は8分である。聴衆である高校生に、高校2年の時に受けた自分の洗礼について話をすることにした。
高校1年の時に出会ったのが広島で被爆した牧師で、彼が語る「神の愛」について理解できなかったこと、マタイによる福音書27章46節にあるイエスの絶叫「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」に感動し、翌年のイースターにこの牧師から洗礼(浸礼)を受けたことを語った。洗礼水の中から引き出された時、世界が明るく輝いたのを覚えている。決断したのは、すべての謎が解明されたからではない、すべてを信じられたからではない。イエスの神は、わたしの疑問を受け止めてくれるという確信があっただけである。それを思い出して語った。彼ら高校生にもイエスとの出会いが与えられるよう祈り、説教を締め括った。
若い時の決断がわたしの人生を決めた。問うに価する道があると感じて決断をした時は、まだ若く、世界を知らず、人生について何も分かっていなかった。だが後悔したことは一度もない。問い続けた人生を歩んできたからである。数多くの謎が解き明かされたのも事実だが、イエスが、率直な疑問を受けとめてくれる相手となって下さったのが最大の奇跡であり、それが今の自分を支えている。(鈴木 佳秀)

ページトップ

メールを送る

このサイトについて | 個人情報について | ソーシャルメディア・ポリシー | 採用情報 | 教職員ポータル