誰かのために生きる(3代目学長 鈴木佳秀)

不妊女性の悲しみ[2009-07-03]

古代には子種という概念があった(創世記38章9節、民数記5章12節等)。懐妊から出産までがこの概念によって理解されていた。子供の誕生は神の祝福の象徴であったが、懐妊しないと女性は祝福に与っていないとされた。神がその胎を閉ざされたとみなされたからである。時に離別の話しが持ち込まれたし、神の祝福を祈念して離婚し、他の人と再婚する例もあった。
二人妻婚の慣習があった時代は(申命記21章15節~17節等)、特に不妊の女性は悲惨であった(サムエル記上1章5節~11節)。子のある他の妻と比較され、祝福から遠いとされたサラやハンナは、悲しみを背負ったのである(創世記16章4節、サムエル記上1章5節~6節)。ハンナは必死に命の源である神に祈りを捧げた。懐妊し男子を出産した時、神に願って得た子を彼女はサムエルと名付け、祭司として神に捧げている(サムエル記上1章19節以下)。イスラエルに王国を誕生させたことで、サムエルはその母と共に称賛された(2章20節~21節)。
神が胎を閉ざしたからと不妊が理解された背景には、陰の面もあった(創世記30章1節~2節)。胎が祝福されているかどうかで、女性の信仰が判断されたからである。(鈴木 佳秀)

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