ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・プロローグその4[2010-08-06]

エルカナは、毎年、家族を連れてシロ(エルサレムの北30キロ)に上り、いけにえをささげるのが常であったと聖書は伝えています(サムエル記上1章3節)。シロにはヤハウェの祭司エリ(「高い」「高く挙げられる」の意)がいました。
シロの聖所では、いけにえをささげ、家族で会食するのが礼拝の一部だったのです。エルカナが家族にそれぞれ分け前を配り、主なる神の祝福を祝うというものでした。この祝いの場は、子供に恵まれないハンナにとって苦痛であり、彼女はペニナのことで苦しみ、泣いて何も食べなかったというのです(7節)。「なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのか」とエルカナはハンナに語ります(8節)。
エルカナはハンナを愛していたとはいえ、彼女の悲しみを十分に理解していたでしょうか。涙の理由を分かっていたとしても、子供は神が授けるものと信じていた夫です。彼は、祝福をめぐる女の戦いに疎かったのではないでしょうか。これが二人妻婚の現実でした。アブラハムの妻サラも、同じ悩みを抱えていたのです(創世記16章、21章)。ハンナは心を注ぎだして神に祈る道を選び、神の導きにすべてを託すのです(1章10節)。(鈴木 佳秀)

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