ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・サウルの活躍その3[2010-11-12]

古代メソポタミアでは、王は神の子とみなされていました。太陽神シャマシュが王となるべき人物に杓を授け、正義と公正に基づく民の統治を委託するという王権理解でした。王は神々を代表して民に向きあい、同時に民を代表して神々に向きあうという想定だったのです。古代エジプトでは、王ファラオは現人神でした。ファラオ以外の民はすべて王の奴隷であり、王は死後も最後の審判を経て永遠の生命が約束されていた存在です。王そのものが神であったと言えます。
古代イスラエルでは、法制度は古代メソポタミアの文化を継承したのですが、王制や官僚制度はエジプト流であったとされています。民が王を要求したのは、エジプト流の王制を求めたことを意味します。これは、士師(裁き司)による指導のもとに部族連合体を維持していた体制とは根本的に異なります。この転換期に民はサムエルを拒否し、軍事的英雄としての王を求めたのです。軍事的英雄がファラオのようになるとすれば、民は出エジプトの神でなく、新しい神を求めたことになります。人的共同体の神でなく、その神は限りなく土地や都市の守護神に近く、王はその恩恵賦与者として国家の土地財産を第一に守護することになるのです。(鈴木 佳秀)

ページトップ

メールを送る

このサイトについて | 個人情報について | ソーシャルメディア・ポリシー | 採用情報 | 教職員ポータル