ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・ダビデの台頭史その40[2011-11-25]

「ペリシテ軍はイスラエルと戦い、イスラエル兵はペリシテ軍の前から逃げ去り、傷ついた兵士たちがギルボア山上で倒れた。ペリシテ軍はサウルとその息子たちに迫り、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを討った。サウルに対する攻撃も激しくなり、射手たちがサウルを見つけ、サウルは彼らによって深手を負った」(サムエル記上31章1節~3節)。このように簡潔な言葉で歴史家は戦いの状況を伝え、ヨナタンの戦死、サウル自身が深手を負ったことを物語っています。油を注がれた指導者、王であったサウルの最期はどのように描かれているのでしょうか。
「サウルは彼の武器を持つ従卒に命じた。『お前の剣を抜き、わたしを刺し殺してくれ。あの無割礼の者どもに襲われて刺し殺され、なぶりものにされたくない。』だが、従卒は非常に恐れ、そうすることができなかったので、サウルは剣を取り、その上に倒れ伏した。従卒はサウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に倒れ伏してサウルと共に死んだ。この同じ日に、サウルとその三人の息子、従卒、更に彼の兵は皆死んだ」(4節~6節)。
当時、自らの命を絶つ行為は神を冒瀆(ぼうとく)することとされ、タブー視されていましたが、サウルは武人としての名誉を重んじ、恥辱を受けるよりも自害する道を選んだのです。(鈴木 佳秀)

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