ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・ダビデの台頭史その42[2011-12-09]

ギレアドのヤベシュの住民がサウル王の遺体をベト・シャンの城壁から取り下ろし火葬に付したのは、遺体が汚されたと理解していたからです。儀礼的に汚された遺体は火葬にされたのです。サウルが初陣を飾ったのはヤベシュの住民をアンモン人ナハシュの圧制から解放した戦いでした(サムエル記上11章)。その恩義を忘れなかった住民が汚れを清めた後で、王とその息子たちの骨を拾って埋葬(土葬)し七日間断食したのは、丁重に葬ったことを意味しています(31章11節~13節)。
三日後にサウルの陣営から逃げてきたアマレク人から、ダビデはサウルとヨナタンの戦死を知るに至ります(下1章1節~12節)。ダビデは自分の衣を首から引き裂いて、哀悼の意を表したのです。それが悲しみを表すやり方でした。そのアマレク人に「二人の死をどうして知ったのか」と尋ねると(5節)、負傷したサウル王からとどめを刺してくれと頼まれたこと、王冠と腕輪を取ってダビデに届けに来たと彼は報告したのですが(10節)、「主が油を注がれた方を、恐れもせず手にかけ、殺害するとは何事か」と言い、ダビデは従者に命じてその者を討たせたと伝えています(15節)。アマレク人はダビデを「御主人様」と呼んでいますから(10節)、召し抱えられることを期待していたのでしょう。(鈴木 佳秀)

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