学長室だより

ダビデの物語・ダビデの台頭史その51

ヨアブがアブネルを暗殺したことを聞き「ネルの子アブネルの血について、わたしとわたしの王国は主に対してとこしえに潔白だ」とダビデは語り、その血の報いはヨアブ個人に帰されるべきだと断言します(サムエル記下3章28節~29節)。ダビデはヨアブの兵士たちに「『衣服を裂き、粗布をまとい、悼み悲しんでアブネルの前を進め』と命じ、ダビデ王自身はアブネルのひつぎの後に従った」と伝えています(31節)。北の諸部族とダビデとの間に協定が結ばれるはずでしたが、公的な政治を妨害したのはヨアブの私的な恨みから出たアブネル暗殺でした。この危機的な事態に、ダビデは自分が暗殺したのでないことを内外に宣言し、アブネルの葬儀を執り行なったのです。イシュ・ボシェトとの間に報復戦が勃発する瀬戸際でした。ダビデの行動は迅速でした。権力闘争の闇を知りぬいていたダビデならではの判断でしたが、交渉に訪れた相手の司令官をダビデが殺害したとなれば、王国の正当性は地に墜ちていたでしょう。ヨアブ配下の兵士全員を喪に服させ、葬儀を先導させたのも政治的配慮です。ヨアブによる私闘であるとダビデは公に示したのです。政治判断に私情を交えるならば、昔も今も、指導者としての資質を疑われるのは当たり前です。そうであればダビデの王国は内側から崩壊したでしょう。(鈴木 佳秀)