学長室だより

ダビデの物語・ダビデの台頭史その55

「ダビデは三十歳で王となり、四十年間王位にあった。七年六ヶ月の間ヘブロンでユダを、三十三年の間エルサレムでイスラエルとユダの全土を統治した」(サムエル記下5章4節~5節)。この注記は、後代の歴史家が記した記録であることは、お分かりいただけると思います。ユダの長老たちによって推挙され、契約を結んだ時のダビデはまだユダ部族の王でした。ユダ部族の王でありながら、イスラエルの諸部族の長老たちと新たに契約を結び、彼はイスラエルの王にもなったのです。二つの領域にまたがるこのような王制は、契約思想が基盤となっていた世界でのみ起こりえたことかもしれません。
契約締結を媒介にダビデは段階的に二つの領域の王に即位したのですが、カリスマ的指導者であったダビデと交渉し王に即位してもらうため契約を締結するという発想は、我が国の文化にはありません。王の正統性が血統や血縁、軍事力やクーデターで決定されるという思想でないからです。王としての権威は、統治される側の民や長老との契約によって初めて成立するのです。唯一なる神ヤハウェの前では、政治権力は徹底的に相対化されているとみることができます。王の権威は、神と民との間に立つ仲保者としてのものであり、エジプトのファラオのように、現人神になる道は全くなかったと言わなければなりません。(鈴木 佳秀)