誰かのために生きる(3代目学長 鈴木佳秀)

増補拡張説でレポートを[2013-05-13]

説明できない部分を残したままレポートを書かざるを得なかったのです。論文を書くという気持ちはありませんでした。申命記で二人称単数形部分と複数形部分が使われている部分を調べると、使われている箇所に偏りがあったのです。二人称単数形での法典部分には、複数形による説明文が接合されている箇所が目立ったのですが、物語部分(歴史を回顧している部分)では、接合でなくまとまった記述があることに気付いたのです。一人称複数形でモーセが語るのは限定的で、モーセが民と一緒に告白しているかのような印象を与えています。一人称複数形が、二人称複数形による説明文に添えられて出てくるのですが、「われわれ」と「あなたがた」は調和していたのです。
この調査結果をもとに、二人称単数形による法典・物語部分に、ある理由から、敢えて二人称複数形を使って補ったのではという観点でまとめました。拡張理由については、二人称複数形部分に偶像崇拝に対して発せられた危機的な警告が数多くあったので、歴史的にそうした事態がいつ発生したのかを想定してレポートを書き上げ、期限ぎりぎりに提出することができました。
連日徹夜したほどの疲れを覚え、眠り続けたのを覚えています。まさかこの主題で学位論文を書くことになるなど、夢にも思っていませんでした。文体交替の謎解きをしても、何の役にもたたないことは分かっていました。こんなことのために学者は苦労しているのかと、同情を感じたほどでした。(鈴木 佳秀)

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