ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・ダビデ王位継承史その70[2013-08-16]

「アブサロムは生前、王の谷に自分のための石柱を立てていた。跡継ぎの息子がなく、名が絶えると思ったからで、この石柱に自分の名を付けていた。今日もアブサロムの碑と呼ばれている。」(サムエル記下18章18節)
後世の歴史家が残したメモ書きですが、その所在は分かっていません。アブサロムには三人の息子とタマルという娘がいましたから(下14章27節)、間違えて、別人の碑を言っているのではないかとも言われています。「跡継ぎの息子」がいないということが正しかったとすれば、若くして息子を亡くしてしまった可能性があります。アブサロムという名は「父は救いである」という意味でしたから、父親を追放して王位を簒奪したことを、あるいは跡継ぎがいないということを、アイロニーを込めて語っている記述かもしれません。紀元1世紀に活躍したユダヤ人歴史家であったヨセフスは、当該の石柱がエルサレムのすぐそばにあると伝えています。
ある研究者は、アブサロムがダビデ王の存命中にクーデターを起こしたのは、彼自身の王位継承資格が、彼より年下の王子に奪われる危険を感じたからだ、という説を唱えています。なぜなら、ダビデ王とバト・シェバの間に、バト・シェバが生んだソロモンを王にするという密約があったからです(列王記上1章28節〜35節)。ソロモンが最終的に王位継承者になるのですが、彼も兄のアドニヤからライバル視され、アドニヤは即位式を強行しているからです(列王記上1章9節〜10節)。この場合も、ダビデ王がまだ存命中でした。(鈴木 佳秀)

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