誰かのために生きる(3代目学長 鈴木佳秀)

なぜヨシヤ王の改革と関係すると言えるのか・その4[2014-04-21]

申命記法典には、中央聖所の規定の他に裁判人や役人が地域住民を指導すべき事柄が、条文として編纂されています。その理由を同化政策の観点から説明できたのです。「あなたはあなたの葡萄園に二種類の種を蒔いてはならない。あなたの蒔いた種の収穫物と葡萄園の葡萄が、それぞれ聖別すべきものとなってしまわないためである。あなたは、雄牛とろばを一緒にして耕してはならない。あなたは、羊毛と亜麻糸を混紡して織った着物を着てはならない」(申命記22章9節〜11節:岩波版・鈴木訳)という規定は、異教の慣習を排除する生活面での指導を物語っています。「あなたは、身にまとうあなたの衣服の四隅に房をつけなければならない」(22章12節)は、現代にまで続くユダヤ教の伝統衣装です。広大な地域の町々に裁判人と役人を派遣したヨシヤの宮廷ですが、統一国家を形成するため、一つの民であるとの理念をも掲げる必要があったのです。二人称単数形第三用法で、一元化させた住民を「聖なる民」と位置づけたのも、行政政策の反映です。
残された問いは二人称複数形を使う必然性です。写経がこの難問も解決してくれました。29章9節〜10節aの言葉に出会ったからです。「今日あなたがたは全員であなたがたの神ヤハウェの前に立っている。あなたがたの部族の長たち、長老たち、役人たち、イスラエルのすべての男、あなたがたの子供たち、あなたがたの妻たちで」とあり、二人称複数形で呼びかけられた「全員」が列挙されていますが、二人称単数形の三つの用法に関わる表現要素はありません。10節b〜12節には二人称単数形表現が接合されています。何らかの事変が、一見すると不自然と思えるようなこうした編集を必要とした、と考えるに至りました。(鈴木 佳秀)

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