誰かのために生きる(3代目学長 鈴木佳秀)

なぜモーセが法典の語り手なのか[2014-05-26]

法典は親しく相手に語りかける文体で戒めや掟を提示しています(申命記12章〜26章)。古代メソポタミアの法典(法集成)は、王が法の神(シャマシュ)から統治を委託され、客観的に三人称表現で規定を記述しています。旧約聖書の法には、民間で活動していたレビびと祭司による「魂のみとり」というカウンセリング活動が背景にあるのです。病気やその他の理由で神殿に詣でることができない人たち、彼らは「穢(けが)れている」と見なされていたので神の前に立つことができなかったのです。病気は「神に打たれたこと」と見なされていましたから、そうした病人を自宅に訪ね、その事情を尋ねる問答の様式が法典の文体を決定したのです。彼らはモーセの教えに従って清めを施し、その人の悔い改めを聞いて執り成しの祈りを献げ、神の祝福を祈ったのです。語り手はモーセです。彼が仲保者として神の言葉を聞き、法をイスラエルの民に語り聞かせ、契約を締結させているからです。26章16節〜19節に次のような宣言が残されています。「今日あなたの神ヤハウェは、これらの掟と定めを行うようにあなたに命じた。あなたはあなたの心を尽くし、精神を尽くして、それらを守り行いなさい。今日あなたはヤハウェに願って、あなたの神となるとの言明を得た。あなたがその言葉に従って歩み、その掟と戒め、定めを守り行い、その声に聞き従うためである。今日ヤハウェはあなたを促し、あなたに約束した通り、あなたはヤハウェの宝の民となるとの言明を得た。あなたがそのすべての戒めを守り、〔ヤハウェがあなたに〕約束した通り、創造したすべての国民の上にあなたを置き、……あなたをあなたの神ヤハウェの聖なる民とするためである。(鈴木訳)」神と「あなた」の間にモーセが立っているのです。(鈴木 佳秀)

ページトップ

メールを送る

このサイトについて | 個人情報について | ソーシャルメディア・ポリシー | 採用情報 | 教職員ポータル