学長室だより

まるで博物館

コンピュータが普通に使われる時代を、いまも不思議な気持ちで見ています。大学に入学したとき父親がお祝いに買ってくれたのが、ヘルメスのタイプライターでした。学生寮でこのタイプライターは注目されました。持っていない人がほとんどだったからです。英語で卒論を書くので貸してくれという申し出が、上級生からありました。上級生の卒論をわたしがタイプで打ち出したこともありました。
このタイプライターを荷物に入れて渡米したのです。レポートはこれで執筆しました。ところが電動式タイプライターが売り出されたのです。その軽いタッチにすっかり魅了されてしまい、なけなしのお金で購入しました。留学生であり、また高額の製品であるため、家族会議が開かれたのは言うまでもありません。その際いろいろと釈明したのですが、その後ボール式の電動式タイプライターが出るに及んで焦りました。ギリシア語とヘブライ語のボールが使えたからです。アルバイトに精を出し、学位論文を執筆するにはこれが必要だと必死にかみさんを説得。学位論文のためというのが殺し文句となり、また家族に大きな出費を強いてしまいました。昼夜を問わずに打ち続けたのを忘れることはできません。電動式タイプライターは売却しましたが、ヘルメスのタイプライターとボール式のタイプライターを梱包し、日本に帰国しました。思い出が詰まっていますから、ガレージセールで売却できなかったのです。
その後、ワープロの機種を購入し、またパソコンの時代になり、次々に売り出される最新鋭の機種に乗り換えているうちに、自宅は博物館となっていたのです。ハードオフに持参しても数百円にしかなりませんし、展示場所もないので倉庫にしまい込んだままです。思い出の博物館に住んでいるようなものです。(鈴木 佳秀)