学長室だより

2014年度卒業式式辞(鈴木佳秀学長)

第21回卒業式での鈴木佳秀学長の式辞

第21回卒業式での鈴木佳秀学長の式辞

卒業を迎えられる皆さん、おめでとうございます。皆さんを送り出してくださったご家族の皆さまに対しても、学長として、お祝いの言葉を述べさせていただきます。

皆さんは、今、社会人として、旅立ちの時を迎えています。小学校から数えると、16年間の学びの締めくくりの日を、大学からの卒業という形で迎えておられます。
学びは、これで卒業ということにはなりません。社会人となっても、学ばなければならないことはたくさんあります。しかし、学ぶ姿勢そのものを、敬和学園大学での4年間で培った敬神愛人の心が支えてくれるはずです。

これから皆さんが活躍する社会は、さまざまな人々が一緒に働いている場所であり、どこに行っても平和な環境が用意されているとは限りません。すべての人には個性が授けられています。だれ一人として同じ人はいません。それが原因で、しばしば考えや感情がぶつかり合う場面が生まれることがあります。
皆さんがそのような場面に直面し、厳しい立場に立った時、必ず思い出して欲しいことがあるのです。それは福音書の中にあるイエスの言葉です。

マタイによる福音書7章7節〜12節
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には、開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは、悪い者でありながらも自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これが律法と預言者である。」

どのような困った状況においても、解決を神に求めなさい、探しなさい、そして助けを得るため、誰かの門をたたきなさいと勧めているのです。最も大切なことは、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」という言葉です。
この姿勢があるならば、どのような環境においても、どのような状況でも、周囲の人々の心を和ませ、皆さんがいることが、人々に喜ばれることになるはずです。

学長として皆さんに、「何かのために生きることよりも、誰かのために生きることを大切に」と呼びかけてまいりました。人にしてもらいたいことを、自分から他者に、隣人に行うこと、それが、福音書にあるとおり、すべての宗教思想、倫理の原点なのです。
「誰かのために」という場合、もちろん自分自身も含まれます。イエスが語られた最も大切な戒めには、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いをつくして、あなたの神である主を愛しなさい。また隣人を自分のように愛しなさい」の2つが含まれています。「隣人を自分のように愛しなさい」との言葉が語るように、隣人への愛は、やがて自分に戻ってくるのです。
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」とイエスが勧めていること、それこそが、あなたがたが「見いだすこと」であり、「探し出すこと」また「門が開かれること」につながるのです。

卒業を迎えた皆さんは、敬和学園大学で培われた敬神愛人の教育理念を身につけ、社会に出ていこうとしています。
皆さんを送り出すわたくしたち教職員一同、皆さんがそれぞれ遣わされた社会で、明るい職場を創り出し、友情と平和に満ちた社会を築いて行かれると確信しています。

2015年3月20日
敬和学園大学長 鈴木佳秀