神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

光の祭り(クリスマスツリー点灯式)[2015-11-27]

  「これは我らの神の憐れみの心による。
   この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、
   暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、
   我らの歩みを平和の道に導く。」(ルカ1:78-79)

クリスマスは光の祭りです。マタイ福音書のイエスの誕生物語では、東の国の博士たちは星の光に導かれて馬小屋のイエスと出会います。ルカ福音書の誕生物語では、光に包まれた天使たちが天に現れて「天には栄光あれ、地には平和あれ」と叫びます。ヨハネ福音書では「キリストは言(言葉、ギリシア語は「ロゴス」)であり、神は光である」と述べられています。すなわち、

   初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
   この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。
   成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
   言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
   光は暗闇の中で輝いている。・・・
   言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。(ヨハネ1:1-5a, 14a)

クリスマスにクリスマスツリーを飾る習慣は、キリスト教以前のゲルマン民族の「冬至の祭り」(ユール)に遡るようです。ユールの祭りでは樹木の精霊が宿るとされた「樫の木」を祭っていました。宗教改革前後に、それをキリスト教化していく際に「樫の木」を三位一体の神を象徴する三角形の形の「モミの木」に変えていったようです。
また、古代ローマ帝国の社会では、ローマ軍の移動とともにペルシアの太陽神を祭るミトラ教という宗教が広まっていました。ミトラ教は現在では滅びてしまいましたが、太陽神の子ミトラを祭っていましたが、それは冬至の日に松明を灯して、太陽の復活を願う祭りをしていました。キリスト教は真の神の子はミトラではなくキリストであるとし、松明をキャンドルに変えて灯すようになりました。

クリスマスにモミの木を飾る習慣はドイツで次第に広まりましたが、イギリスに広まったのは19世紀のヴィクトリア女王時代です。ヴィクトリア女王の夫のアルバート公がドイツ人で、ドイツのクリスマスツリーを飾る習慣がイギリスに伝えられました。また、アメリカに伝えられたのは18,19世紀のドイツ移民の人々によってです。そこから全世界にクリスマスツリーを飾る習慣が広まっていきました。

20151130クリスマスツリー

敬和学園大学のクリスマスツリー

 

冒頭の聖書個所は、ルカ福音書1,2章の誕生物語の中で、洗礼者ヨハネの父ザカリアが洗礼者ヨハネの誕生とその使命を称えた「ザカリアの賛歌」(ルカ1:68-79、最初の言葉「ほめたためえよ」のラテン語から「ベネディクトス」と呼ばれる)の結びの4行です。
洗礼者ヨハネは神の子キリストの訪れの前触れとして、神の道を備える預言者として派遣されます。それは「神の憐れみの心」すなわち愛の心によるものです。その使命は「高いところからあけぼのの光の訪れ」すなわち「天から暗闇の中に輝く朝の太陽」に象徴される光のキリストが地上に誕生したという「訪れ」を伝えることでした。キリストの誕生は「暗闇と死の影に座している者たちを照らす」とあるように暗い心で死を待つような人の心を明るく照らし出すことが目的でした。また、「我らの歩みを平和の道に導く」とあるように、人に安らかな心を与え、人々に争いのない平和を作り出すことが目的でした。

私たちも自分のありのままの姿をそのまま受け入れて、平和を作り出す人となるために、心の中にキリストの心をもつ人となりたいと思います。アッシジのフランシスと共に平和の祈りを献げながら、キリストの誕生を待ち望みつつ、キリストの心を自分の心の中で受け入れる備えをしましょう。(山田 耕太)
  
8月21日学長ブログ「アッシジのフランシスの「平和の祈り」」

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