神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

新潟開港150年の年に[2019-07-12]

昨年と同様に今年も梅雨のゲリラ豪雨が各地に被害をもたらしました。7月7日の七夕も全国的に曇り空や雨模様となりました。

今年は1869年(明治2年)に開港5港の一つとして新潟港が開港して150周年の年にあたります。1858年(安政5年)に江戸幕府はアメリカ・イギリス・オランダ・フランス・ロシアと修好通商条約を結び、神奈川(横浜)、函館、長崎・新潟・兵庫(神戸)の5港を開港しました。

新潟港は海上交通による物流が盛んであった日本海側の唯一の港として開港しました。しかし、港が信濃川河口にあり、浅瀬で船が入りにくく外国船による調査が行われたり、新潟でも戊辰戦争の影響で幕府側と政府側との戦闘が起こったりして、開港が1年遅れました。

新潟に来た外国人は、領事や商人や宣教師でした。新潟は他の開港4港や開市した東京の築地や大阪の川口と違って、外国人の居住者は家族を含めて多い時でも20人余りと極めて少なく、外国人居留地が形成されることがありませんでした。

敬和学園は、新潟ブラウン塾と新潟キダー塾、パーム病院、スカッダ―家らが中心となって支援した北越学館と新潟女学校を精神的前身として、新潟開港100周年事業として発足し、明治のミッション・スクールの精神を復活させて、現代に展開している学園です。(山田 耕太)

2019.7.12学長ブログ

本学体育館に飾られているパーム宣教師の写真

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