木を育てるように(2代目学長 新井明)

2009年3月19日号

2009年3月19日
新発田もあと数週間でお別れだと思い、「まちの駅よろず」の前に行ってみた。入り口の上に掲げてある「新発田学研究センター」なる横書きの筆文字を見るために。中学初年いらい、筆をもったことのない者が看板文字など書けと言われても、応ずるわけにはいかな…の続きを読む

2009年3月6日号

2009年3月6日
3月1日午後、まちの駅よろず「新発田学研究センター」の開所2周年を記念し、第一回「阿賀北ロマン賞」授賞式を行なった。まず、「三田文学」編集長・加藤宗哉氏の「体験することと書くこと ― 遠藤周作にまなんだこと ―」を聴いた。遠藤の生の姿を語り…の続きを読む

2009年2月20日号

2009年2月20日
今年の学内合同企業説明会は2月13日であった。その日、12時半に3年次生を大教室に集め「出陣式」を行なった。いよいよ企業の人事課・採用担当者の諸氏と会うのだ。敬和学園からの採用は望まない、という企業は、わざわざ時間を割いて、ここまで来るはず…の続きを読む

2009年2月6日号

2009年2月6日
1月16日のチャペル・アッセンブリ・アワーは、わたしの「最終講義」であった。「神の庭に宿る」を語った。(その内容は同日の「週報」No.335に。)その講義のあとで、学生2人から花束が贈呈された。見るとかれらは、2年ほど前に学長室に遊びに来て…の続きを読む

2009年1月16日号

2009年1月16日
昨年2008年の12月27日いらい、イスラエルによるガザ侵攻は、すでに3週間目にはいり、のべ110カ所を空爆。死者、すでに8百人を超えているという。そもそもイスラエル系とペリシテ系との戦いは紀元前13世紀に端を発するのであるから、すでに3千…の続きを読む

2009年1月9日号

2009年1月9日
12月19日づけ「新潟日報」の1ページ下段に敬和学園大学のクリスマス・ツリーの写真と学長の署名入りのメッセージが載った:―― 2008年も過ぎ行こうとしております。みなさまがたにも、敬和学園大学にも、またこの国の内、また外にありましても、…の続きを読む

2008年12月12日号

2008年12月12日
12月6日は日本海側はみぞれ降る暗い寒い日であった。渡辺和子先生を新発田にお迎えすることができた。ノートルダム清心学園理事長でいらっしゃる。じつは昨年11月1日に新潟清心女子中学校・高等学校の「中学校開校15周年記念会」が新潟県民会館で催さ…の続きを読む

2008年12月5日号

2008年12月5日
ことしの敬和学園の高・大合同クリスマス研修会は、三重県の愛農学園農業高等学校の前校長・志賀親則氏をお招きして行われた。「建学の精神における人間教育。」酪農学園大学を終えた先生は、愛農学園の設立者・小谷純一に半強制的に招かれて、その後の43年…の続きを読む

2008年11月28日号

2008年11月28日
台湾・台南市の長榮大学が創設15周年を迎えるという。今年の夏まえから、式典への出席の誘いがあった。 山田耕太、房文慧の両教授とともに新潟空港を発ったのは11月10日。11日に出席者の打ち合わせがあった。インド、フィリピン、インドネシア、チェ…の続きを読む

2008年11月21日号

2008年11月21日
敬和祭の時節である。10月24日はプレイベントとして「ふれあいバラエティ」が行われた。9施設から130人(介護者を含む)が参加してくださった。学長に向かって、親しく笑ってくださる方がたがいる。顔見知りなのだ。心が通じる。この企てを支援してく…の続きを読む

2008年11月14日号

2008年11月14日
学業が大学キャンパスの内側に限定される時代は過ぎた。そう言われてはじめて久しいが、実際に住民のなかに入っていって、人びとに活気をあたえる結果まで生むケースは、ごく稀のことではないか。敬和の新発田学研究センターが新発田市と商工会議所の協力をえ…の続きを読む

2008年11月7日号

2008年11月7日
韓国「孤児の母」として知られる田内千鶴子さんのご長男・尹基(ユンギ)氏が10月4日に大阪からお出でくださった。共生社会学科主催学術講演会に。おもに関西地区で在日韓国人のための老人ホームを建てて、苦労してきた方がたに憩いの場を提供していらっし…の続きを読む

2008年10月17日号

2008年10月17日
学生食堂に「感謝状」と読めるものが、見づらいところに貼ってあるのを発見した。調理室に入れてもらって、読んだ。「感謝状 食堂のおばちゃん殿」「食堂のお母さん  いつも私たちのために/がんばってくれてありがとう/これからも体に気をつけて/がんば…の続きを読む

2008年10月10日号

2008年10月10日
正面玄関をはいると、すぐ右のところに小さな魚の泳ぐ水槽がある。近づくと、その上のところに張り紙がある。「水槽に触れないで。」「魚がストレス死しちゃいます。でも、いっぱい見て!」校内美化倶楽部というものがあるらしい。比較的に最近のサークルだ。…の続きを読む

2008年10月3日号

2008年10月3日
9月27日深夜、総務課長・長澤雄介氏逝く。56歳。4月にガンが発見されて、5ヵ月。29日夜と30日午前にお別れの会が催された。 集う人びと多数にのぼり、かれの人柄を言い表した。かれは仕事の鬼であった。1987年に敬和学園大学の設立準備室がで…の続きを読む

2008年9月26日号

2008年9月26日
今から数えると、50年も前のことになる。当時ミシガン州アンナーバーにいたわたしのところに、日本から一通の手紙がとどいた。いま読んでいる英語の本のなかに、不明の箇所があるので、教えてほしい、ということであった。「当地の友人に聞くよりは、アメリ…の続きを読む

2008年9月12日号

2008年9月12日
「先生、山登りしましょうよ!」との誘いを、これまで何回となく受けてきた。この8月20日、二王子岳と決めた。すると、すぐに、その朝7時に敬和の門を出る、との予定表まで届いた。ただし、教員と学生たちの誰が何人同行するのか、知らされていない。そこ…の続きを読む

2008年8月22日号

2008年8月22日
7月21日は、すごく暑い日であった。今年度, 第2回目のオープン・キャンパスの日であった。いちおう開会式というものをやる。学長の挨拶,各学科長の学科説明のあとで、教員数名による模擬授業。在学生によるフリートークの時間。奨学金、留学などの説明…の続きを読む

2008年8月8日号

2008年8月8日
7月19日に「保護者との就職懇談会」が催された。信濃川を下にみる新潟グランドホテル。3年次生保護者60余人の集う、熱気。学長の挨拶のあと、就職委員・吉田健太郎氏の司会で、就職委員長・杉村使乃氏と就職指導室長・高村義之氏の講演があった。本学の…の続きを読む

2008年7月25日号

2008年7月25日
ヨーロッパ人風の若者が数名、学生食堂で楽しそうにしている。よく見るとそのなかの一人は昨夏、敬和学園大学のJCLP(日本語・日本文化研修プログラム)で一ヶ月勉強した青年だ。スウェーデンのリンチェピング大学の学生。1年前のことが懐かしくて、この…の続きを読む
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