木を育てるように(2代目学長 新井明)

2008年7月11日号

2008年7月11日
夏まえの敬和学園大学・高校 合同研修会には宮城学院長の深谷(ふかや)松男先生にお越しいただくことができた。『新・教育基本法を考える』(日本キリスト教団出版会、2007年)の著者である。わたしは昨年9月5日に、仙台で行なわれたキリスト教学校教…の続きを読む

2008年7月4日号

2008年7月4日
吉田新一先生(立教大学名誉教授)が5月につづいて、この6月も21日(土)、22日(日)と二日、敬和学園にお越しくださり、「英米絵本のたのしみ 2」のお話をしてくださった。吉田先生は児童文学研究の第一人者。今回はモーリス・センダック(1928…の続きを読む

2008年6月27日号

2008年6月27日
「私の逸品展」というものが、新発田市観光振興課のお声がかりで行われている。どこか一ヶ所で大々的に行なわれているというのではなく、市内各所で、各所こじんまりと展覧しているところが、新発田らしくていい。まちの駅、たまり駅、市島酒造、市内の商店街…の続きを読む

2008年6月20日号

2008年6月20日
敬和学園大学には「日本語・日本文化研修プログラム」というものがある。“Japan Culture and Language Program”のことであるから、略してJCLPといっている。英語圏から青年たちを招いて、日本語その他の研修に4週間…の続きを読む

2008年6月13日号

2008年6月13日
6月5日、6日は日本女子大学の卒業生の会(桜楓会)の一行50余名が、成瀬仁蔵生誕150年記念旅行「成瀬先生ゆかりの地を訪ねて――新潟の旅」と称して、新潟、新発田へ攻め込んで来た。代表者が昨夏下見に来たときに、成瀬が初代牧師を勤めた新潟教会、…の続きを読む

2008年6月6日号

2008年6月6日
敬和学園大学を支える会のなかにオレンジ会というものがある。そもそも敬和は新発田市と聖籠町の両自治体が招聘して生まれた学園である。その双方の行政と企業体数十社がこの会を構成する。その総会が5月30日に開かれ、昨年度、今年度の活動報告、会計報告…の続きを読む

2008年5月30日号

2008年5月30日
むかし横須賀の高校の教師をしていたことがあった。その当時、生徒であったひとりから連絡があり、かれらのなかで最年少者でさえ古希(70歳)を迎えた。クラス会に来てほしいということであった。5月24日(土)。お昼に、ということで。 その前夜、近…の続きを読む

2008年5月23日号

2008年5月23日
伊原淳(あつ)子さんが敬和のチャペルに来られてお話をしてくださったのは、一昨年の11月のことであった。「“辺境”の山岳聖地に祈る」という題であった。日本女子大学国文学科の出身で、その後どうして津南の山奥で、祈りの生活に入られたのか、詳しいこ…の続きを読む

2008年5月16日号

2008年5月16日
胎内(たいない)の山は新発田にくらべて春が3週間ほどおそい。残雪さえ認められる山間部の宿舎に、4月下旬、「新入生オリエンテイション」の一向が着く。わたしはすぐに壇一雄の句碑を見にゆく。「生命なり怒涛の果に残る道」。1年ぶりに再会の句。学生部…の続きを読む

2008年5月9日号

2008年5月9日
『北国の理想―クラーク精神の純化と展開―』の著者、大友浩先生を新発田にお迎えすることができた。新入生歓迎公開学術講演会の講師として、「学校・教育・教養を問い直す」を語っていただいた。もともとはフランス文学・思想の専門家で、パスカルを研究し、…の続きを読む

2008年4月18日号

2008年4月18日
由布院といえば、別府の奥の、由布岳山麓の小さな温泉町でありながら、比較的短期間に「九州の軽井沢」として国中に名を轟かすにいたった所である。敬和学園大学はこの3月22日に「新発田学研究センター」の開所1周年記念事業として由布市議会議員の小林華…の続きを読む

2008年4月11日号

2008年4月11日
先日卒業したSさんから便りが届いた。「敬和に来て心からよかったと思っています。」「素晴らしい先生がた、友人たちと出会えたこと。」「先生がたと学生たちとの距離が近く、いつも先生がたから気をかけていただけたこと。」「敬和学園に感謝です。」敬和に…の続きを読む

2008年3月28日号

2008年3月28日
3月19日、聖籠町町民会館で第14回卒業式が催された。157名の若人が学園を去った。壇上で一人々々に握手をして卒業証書を手渡すときに、思い出が頭をよぎり、「元気で!」「頑張れ!」と声をかける。ときに「お世話さま!」などと、謝辞を言う。共生社…の続きを読む

2008年3月14日号

2008年3月14日
いま3月上旬、学長室の窓から周りの田圃を見下ろすと、何十羽かの大白鳥が田の面(も)にくちばしを突っ込んで、一生けん命に何かを食べている。田にモミの類が残っているのを知っているのであろう。 新発田から遠くない瓢湖(ひょうこ)へ行ってみた。阿…の続きを読む

2008年2月29日号

2008年2月29日
2月10日の日曜日には日本海カップ綱引選手権大会なるものがあった。酒田、尾花沢、鶴岡など、隣県からのチームを含めて21チームが出場した。敬和学園大学からも男女混合の部に「敬和ヒッパローズ」と「パワーズ敬和」の2チームが出て、整列した。その開…の続きを読む

2008年2月1日号

2008年2月1日
1月11日、二教授の最終講義がチャペル・アッセンブリ・アワーのなかで行われた。延原時行氏「もう一度、網をおろしなさい」。北嶋藤郷氏「私的方法論としての“断章取義”~団栗を踏む旅人~」。ご両所とも本学創設当初からの、学園の指導者たち。延原先生…の続きを読む

2008年1月18日号

2008年1月18日
1年次生のHさんが学長室に現れて、「兄の作品です」と言って、作品がプリントされている絵葉書をくださった。日本都市センター会館の緑道ギャラリーとある。行ったことはないが、JR四ツ谷駅を降りれば、間違いなく行けるところだ。東京までは月に1,2回…の続きを読む

2008年1月11日号

2008年1月11日
アルフォンス・デーケンさんといえば、今や死生学の大家であり、新発田にお迎えしようとしても不可能なのではないか、と案じていたが、新発田講演が昨年12月8日に実現した。「生と死とユーモア」。まず人は所有価値ではなく、存在価値に目覚め、日々の生活…の続きを読む

2007年12月21日号

2007年12月21日
大学と高校の合同クリスマス・研修会が、ことしは12月1日(土)に高校で行なわれた。総合テーマは「学びあって築く敬和の新時代」であることに変わりはないが、今年は鷹澤昭一・副校長が「高校はどういう経験をしてきたか」というタイトルで、太田俊雄・初…の続きを読む

2007年12月14日号

2007年12月14日
敬和学園大学には加納実紀代・特任教授を代表者とする共同研究グループがある。敬和の人文社会科学研究所との共催で、11月10日に新潟市民プラザで、研究報告「表象に見る第二次世界大戦下の女性」(加納、神田より子、桑原ヒサ子、松崎洋子)と、上野千鶴…の続きを読む
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