大学は面白いところ(初代学長 北垣宗治)

2003年1月24日号

2003年1月24日
本年3月末でもって、ぼくは敬和学園大学を退職することになりました。「敬和学園大学チャペル・アセンブリー・アワー週報」にぼくが「学長室だより」を書き始めたのは1996年9月27日からで、今日まで6年半書いてきたことになります。2001年9月2…の続きを読む

2003年1月17日号

2003年1月17日
1月7日に東京でドナルド・キーン先生(本学の名誉文化博士)の文化功労賞と毎日出版文化賞の受賞を祝う会が開催され、出席しました。挨拶の中でキーンさんは出会いの不思議さを強調しました。アメリカ海軍の日本語学校で出会ったケーリ氏と親友になり、彼の…の続きを読む

2003年1月10日号

2003年1月10日
新年おめでとう。学生諸君にとって、今年が飛躍の年となることを祈ります。私たちは普通、毎日同じような事を繰り返しながら、一歩一歩進んでいくのですが、そうしているうちに、ある日突然、別の次元に入る経験をすることがあります。それが飛躍です。ゲーテ…の続きを読む

2002年12月20日号

2002年12月20日
今年も学生たちと一緒にE.M.フォスターの『インドへの道』を読みました。異文化を理解しようという善意と意欲があっても、異文化が自分を本当に受け入れてくれるとは限りません。この小説にいちばん強力な光をあてるのは、彼のエッセイの中に出てくる 「…の続きを読む

2002年12月6日号

2002年12月6日
夏目漱石は1900年から2年間ロンドンに留学中、チェルシーにあるカーライル博物館を4度も訪問しています。彼の小品「カーライル博物館」を読むと、漱石がカーライルを尊敬していたことがよくわかります。明治期の知的で野心的な日本青年たち、たとえば内…の続きを読む

2002年11月29日号

2002年11月29日
「漱石」という雅号は、もともと彼の友人、正岡子規の数ある雅号の中から夏目金之助が借用したものです。中国の古典に由来し、「変物」という意味だそうです。では「鴎外」のいわれは?教室で学生諸君からの質問に答えることができず、とうとう東京に出張した…の続きを読む

2002年11月22日号

2002年11月22日
先週、工学博士であるM先生の講演を聞いていて、非常に考えさせられたことがありました。先生は言いました。「日本では親たちが子供にむかって、他人に迷惑をかけてはいけないと、繰り返し注意しますが、それでは、他人に迷惑をかけない限り、子供は何をして…の続きを読む

2002年11月8日号

2002年11月8日
先週はオレンジ会主催の第三次訪米旅行団を案内して、本学の姉妹大学であるNorthwestern College と、その所在地であるアイオワ州オレンジ市を表敬訪問しました。公式訪問のあとの研修は、第一次がボストン、第二次がシカゴ、そして今回…の続きを読む

2002年11月1日号

2002年11月1日
誰にも例外なく、父と母という2人の親があり、4人の祖父母があります。ぼくの場合、これら6人の近親が何歳まで生きたかを振り返ってみると、母方の祖母が80代なかばまで生きたのが最高で、現在73歳であるぼくと比べると、あとはみな比較的早くに死んで…の続きを読む

2002年10月25日号

2002年10月25日
開学12年目となる本学の図書館の書架の間を散策していて、ようやく大学図書館らしくなったなと、嬉しくなることがあります。先週ふと、50年前に同志社のアーモスト館で聞いた東大総長矢内原忠雄先生の内村鑑三についての話を引用したくなり、研究室でアー…の続きを読む

2002年10月18日号

2002年10月18日
先週に引き続き、またも古い言葉を持ち出して恐縮ですが、「三尺下がって、師の影を踏まず」という諺があります。儒教文化圏では先生というものは、父母ならびに主君と同じレベルで尊敬すべきものとされていました。先生の発せられる言葉には絶対的な権威があ…の続きを読む

2002年10月11日号

2002年10月11日
今頃ではめったに使われませんが、「私淑」(ししゅく)という言葉をご存知ですか。中国古典の『孟子』から出た言葉で、「尊敬する人に親しく会って教を受けることはできないが、その道を聞いて、ひそかにこれを模範として学び、自分の身を修めること」(『広…の続きを読む

2002年10月4日号

2002年10月4日
「読書の秋」です。こういっても学生諸君にはぴんとこないかもしれません。日本人は伝統的に秋は読書の季節だと考えてきました。ぜひ、これはと思う本と取り組んでください。古典といわれるような文学、歴史、哲学の本であれば、何を読んでも諸君の精神の成長…の続きを読む

2002年9月27日号

2002年9月27日
北朝鮮に拉致された人々の実態が徐々に明らかになるにつれて、全体主義国家の悪魔性がますます白日の下に曝されていきます。去る9月22日に新潟の誇るサッカー・スタディアム「ビッグ・スワン」で開催された「にいがた私学フェスティバル」は高校生が主体と…の続きを読む

2002年7月12日号

2002年7月12日
「身を捨ててこそ浮かむ瀬はあれ」というコトワザは味わい深いものです。「一身を犠牲にする覚悟があってこそ物事は成就することができる」という意味だと『広辞苑』は教えていますが、ぼくは長らく言葉通りに理解してきました。つまり何かに対して身構えると…の続きを読む

2002年7月5日号

2002年7月5日
先週、富士見町教会の倉橋康夫牧師が諸君に向かって「皆さんが自分自身を発見して、私とはいったい何者であるのかという問いかけを初めて行った状況を思い起こすことができますか?」と質問されました。倉橋先生はご自分の場合と、河合隼雄さんの場合を例に挙…の続きを読む

2002年6月28日号

2002年6月28日
先週ロータリークラブの会合に出たところ、一人の会員から質問を受けました。「サッカーのチームのことですが、なぜイギリス代表と言わないでイングランド代表と言うのですか。何人かに質問しましたが誰も知りませんでした。ぜひ教えて下さい。」イギリスとイ…の続きを読む

2002年6月21日号

2002年6月21日
尊敬する友人から「榛名山麓みどりの大学」(Mount Haruna College) の趣意書が届きました。日本にはもうこれ以上大学は要らないのにと思いながら、彼らのねらいを読んでみて、考え直しました。日本にはこのような大学はやはり必要だと…の続きを読む

2002年6月14日号

2002年6月14日
敬和学園大学は英語で Keiwa College と表示することに決めています。アメリカ人の中にさえときどき Keiwa University と言う人がいますが、それは敬和のことをよくわかっていない人です。では、なぜ敬和はカレッジなのか。…の続きを読む

2002年6月2日号

2002年6月2日
学生時代からの友人、榊原胖夫君(元アメリカ学会会長、同志社大学名誉教授)が先日『アーモストからの手紙』(御茶の水書房)を出版しました。1954-57年のアーモスト大学とハーヴァード大学留学中に日本の仲間たちに書き送った手紙です。ぼくを含めて…の続きを読む
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