誰かのために生きる(3代目学長 鈴木佳秀)

天命を知るがゆえに人事を尽くす[2012-09-03]

「人事を尽くして天命を待つ」という言葉をしばしば耳にします。国政選挙や夏の甲子園野球大会、オリンピックを含めた各種スポーツ大会などでも、最後の結果を天命として受け止めるという響きがあるため、校長先生や政治家、指導に当たる監督やコーチがよく口にする言葉です。全力を注ぎなさいという勧めの言葉でもあります。努力をすれば、結果は自然についてくるという言い方は、今でもよく耳にします。
昨年、ある高齢のキリスト教徒が天に召されました。教会でしばしば礼拝を共にしたことのある方ですが、100才を越えるご高齢でありながら足も丈夫で、快活で、キリスト教の集会には必ず出席し、周囲の方々に常に笑顔を振りまいていた方でした。信仰の先輩として敬愛していたこの方が天に召されたのです。その前夜式(キリスト教では通夜と呼ばず、棺前祈祷会の趣旨で挙行されます)で、この方が日頃から口にしていたモットーが披露されました。それは「天命を知るがゆえに人事を尽くす」という信仰告白でした。逆転されたその言葉に、はっとさせられたのは言うまでもありません。神の前での生き方そのものを、告白したものだからです。自分の使命を自覚しつつ全力で生きることは、生を与えられた人間として、誠実な生き方であると感じたからです。「天命を知るがゆえに人事を尽くす」その生き方を貫いて、彼は天寿を全うしたのです。深い感動を与えられたご葬儀でした。(鈴木 佳秀)

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