ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・ダビデの台頭史その47[2012-01-20]

「サウルの子イシュ・ボシェトは四十歳でイスラエルの王となり、二年間王位にあった。だが、ユダの家はダビデに従った。ダビデがユダの家の王としてヘブロンにとどまった期間は七年六ヶ月であった」(サムエル記下2章10節~11節)とあるように、イスラエル諸部族の中でユダ部族のみがダビデを王としたのです。ダビデの軍とイスラエル軍との対立は、ペリシテの支配に屈するという危機にありながら主導権争いを繰り広げたのです。それは単なる内部抗争でした。
アブネル率いるイシュ・ボシェトの軍勢とヨアブ率いるダビデの軍勢はギブオンの池をはさんで激突することになります(12節~13節)。アブネルはヨアブに対して「若者を立てて、我々の前で勝負させてはどうか」と申し入れ(14節)、十二人ずつの若者が互いに勝負することになりました。「彼らはそれぞれ相手の頭をとらえ、剣を相手の脇腹に突き刺し、皆共に倒れた」(16節)とあり、命令により若者たちは自らの生命をかけて戦い犠牲になったのです。何時の世も、若者を犠牲にして戦争が遂行されてきたと言えますが、軍司令官同士の対立から生まれた無益な戦いであったことは明らかです。筆者の伯父も、戦争末期に国家命令による学徒出陣で特攻隊に編入され飛び立ちましたが、新しい時代を見ることなく戦死しました。(鈴木 佳秀)

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