ダビデの物語(3代目学長 鈴木佳秀)

ダビデの物語・ダビデ王位継承史その40[2013-01-18]

古代イスラエル社会での血の復讐は、国家が成立する以前から、つまり古代メソポタミアから引き継がれた極めて古い慣習でした。殺された人の親族が、復讐の目的で、公的な裁判で争うことなく私的に殺した相手を殺害したのです。復讐が復讐を呼ぶことは明らかです。赤穂浪士の吉良邸討ち入りも復讐劇と言えなくはありません。しかし古代イスラエルでは、故意に人を殺害した場合と、不可抗力で人を殺害してしまった場合とを区別していました。当事者が公的な裁判を受けられるように、「逃れの町」(避難場所)を設け、裁判が行われる前に私的な復讐が断行されるのを防止したほどでした(申命記19章1節〜13節)。
兄弟殺しでは、親族の手で復讐がなされることになります。兄を暗殺したアブサロムが母親の実家、ユダの隣国の王室に亡命し身の安全をはかったのは、血の復讐者に殺害されるのを恐れたからです。ダビデ王国が成立し、勅命で王が血の復讐を防止することができるようになったことを、聖書は伝えています。ヨアブはダビデ王の信頼を失ったことがあったのです。戦闘で殺された弟アサエルの復讐のため、アブネルを暗殺したからです(サムエル記下3章26節〜39節)。アブサロムへの恩赦を引き出すことができれば、彼が手を下した復讐(暗殺)についても、王による恩赦が与えられると考えたのでしょうか。しかしこれも、保身のためです。(鈴木 佳秀)

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