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PDE Inter-Universityニューズレター:第二十六号
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PDE Inter-Universityニューズレター第26号:


全国高校哲学エッセイコンクール(2009) のお知らせ


 「人は何のために生きているのだろう?」
「自分が自分であるとはどういうことだろう?」
「本当に確かなものはどこにあるだろう?」
「人と人とが分かり合えるとはどういうことだろう?」……

 こんな問いは、みなさんも一度や二度、考えたことがあるでしょう。すでに、自分なりの考えを持っている人もいるかもしれません。

 こういう、誰にも関わるような人生と世界の根本的な問題を、自分の頭で問い、徹底的に考え抜くのが、「哲学する」ということです。

「哲学」と聞くと何だか難しく、縁遠いもののように思えるかもしれません。けれども、こんなふうに受け止めてみると、実は誰にとっても他人事ではないことがわかるでしょう。

哲学というものの本体は、「問うこと」「問題意識」にあります。世に「哲学者」と言われる人たちは、こうした問題意識を人一倍問い詰め、独自の考えを築いていった人たちにほかなりません。

そういう問題をみなさん一人ひとりが考えるということは、哲学者たちと同じ問題を問うということです。

若いみなさんがこうした根本的な問題について考えた成果を、ひとつのコンクールのなかで試してみよう――そう思った方は、全国高校哲学エッセイコンクールにぜひとも応募してみてください。

 

  今年も「全国高校哲学エッセイコンクール(2009)」 を開催しますので、全国の高校生のみなさん、ふるってご応募ください。参加資格は、来年5月時点で高校生であることです。つまり現在高校1, 2年生の方、そして来年4月に高校に進学予定の中学3年生の方が対象となります。応募作品を審査した結果、金賞2人、銀賞2人、銅賞3人を表彰し、最優秀の2人はギリシアで開かれる国際大会(2010年5月)に出場することができます。

 このコンクールは2010年5月の第18回国際哲学オリンピック (International Philosophy Olympiad、略称 IPO) の予選を兼ねています。IPOは日本を含む世界二十数カ国の高校生が、思索力や論理的議論の力を、外国語による表現を通して競う哲学エッセイのコンテストです。来年のIPO大会の概要は www.philosopiad.org に掲載される予定です。従来のIPO大会の概要もこのサイトで見ることができます。なお第12回ソウル大会から第17回ヘルシンキ大会までのもようは、敬和学園大学のHP (www.keiwa-c.ac.jp/ipo/index.html) をご覧ください。

 

 

IPO日本組織委員会
北垣宗治(委員長、敬和学園大学元学長、同志社大学名誉教授)
延原時行(事務局長、敬和学園大学名誉教授)
林 貴啓(立命館大学講師)

 

応募のしかた

次に挙げる①~④の命題のうち一つをとりあげ、それについてあなたの考え方を論理的に展開するエッセイを日本語 (4000字~5000字程度) で書いてください。 A4用紙で3~5枚程度の長さとします(ワープロ使用を推奨します。当委員会から添付ファイルなどによる電子データの提出を求めることもあります)。

哲学者や思想に関する「知識」よりも、どこまで自分の頭で考え抜いたか、その思索の末にどのような考え方にたどり着いたのか、どのように自分の考えを根拠つけているか、といった点のほうが、「哲学すること」には大事です。評価も、そうした点を重視したいと思います。

IPO予選 課題

①  Everyone has his or her own philosophy.
―誰もが自分自身の哲学を持っている。

 「哲学」というと、一般の人には縁遠い、一部の人たちのもののように思う人もいるかもしれません。けれども、「社長の経営哲学」とか「監督の勝負哲学」といった具合に、専門の哲学者でもない人たちが、「哲学」という言葉で語ることはよくあることです。そして「自分とは何か」「どう生きるべきか」といった哲学的なテーマは、誰だって一度や二度、問うたことはあるでしょう。こういったことは本当の意味で「哲学」といえるのか。そうだとすれば、専門的な「哲学」の意味と役割はどんなものなのか。考えてみてください。

 この出題は直接の引用ではありませんが、ウィリアム・ジェイムズ(William James 1842-1910)の思想をもとにしています。ジェイムズは「プラグマティズム」という思潮の代表者で、「その思想、考えに立って行動したら、どう人生が違ってくるのか」を常に問題にする立場から哲学を考えました。

② It must be acknowledged that all the sciences are so closely interconnected that it is much easier to learn them all together than to separate one from another. If, therefore, someone seriously wishes to investigate the truth of things, he ought not to select one science in particular, for they are all interconnected and interdependent. (René Descartes)

―すべての学問が相互に結合していて、一を他から分離するよりも、すべてを一度に学ぶ方が、はるかに容易であることを、よく心得なければならない。従って、何びとでも真面目に事物の真理を探究しようと欲するなら、どれかただ一つの学問を選んではならない。なぜなら、それぞれの学問はすべて関連し、相互に依存しているからである。(デカルト『精神指導の規則』より)

 近代的な学問の創始者とも言うべきデカルト(1596-1650)の言葉です。その「われ思う、ゆえにわれ在り」という言葉は、ご存じの人も多いでしょう。近代哲学の祖とされる彼は、知識・真理を探究する「方法」に徹底的にこだわった哲学者でした。

この時代には、現代ほど学問の専門化・細分化が進んでいなかった事情は考えてもいいでしょう。今の時代に、「すべての学問を一度に学ぶ」ことは困難かもしれません。けれども、「教科を分けて学ぶこと」「受験科目と非受験科目を区別し、前者を集中的に学ぶこと」が当たり前になっている現代の教育・学習事情に対して、デカルトの一節は何か別の考え方を示しているようにも見えます。「知識」というものの意味を考える機会としてみてください。

③ The passing from the state of nature to civil society produces a remarkable change in man; it puts justice as a rule of conduct in the place of instinct and gives his actions the moral quality they previously lacked. (Jean-Jacques Rousseau)

―人間には自然状態から市民社会へ移ると、顕著な変化が起る。つまり人間は本能の代わりに正義を行動の規範にするようになり、人間の行動は以前にはなかった道徳的性格を帯びるようになる。(ジャン=ジャック・ルソー『社会契約論』より)

ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)はフランスの社会思想家。本来すべての人が平等であった「自然状態」から、いかにして不平等な社会が生じたかを考察し、人々が平等に生きられる社会を築くにはどうすればよいかを考えました。近代民主主義の源流として、フランス革命にも大きな影響を与えた哲学者としても知られています。

上の命題はルソーの『社会契約論』の中の一節で、人類の発達史を観察した上で彼が引き出した重要な結論です。しかし私たちはこの道徳的性格をどのように考えていけばよいのか、正義とは何か、興味深い問題を含む文章です。

なお、課題の英語では「人間」をあらわすのに man という単語を使っています。これはむしろ古くて好ましくない表現であり、現在では human being を使うべきですが、すでに出版されている訳書であることを考慮して、今回は敢えてこのままにしておきます。


④   Humans are condemned to be free. (Jean-Paul Sartre)
―人間は自由であるべく宣告されている。(サルトル)

サルトル(1905-1980)はフランスの実存主義を代表する哲学者。「実存は本質に先立つ」、つまり、人間は、「こうである」「こうであるべきである」という「本質」が規定される前に、現にこの世界に存在してしまっている、という見方を打ち出しました。

 私たち人間は、自分のあり方、ふるまい方、生き方を、自分で選び、決める自由を持った存在です。どんな不自由で抑圧的な社会に生きても、それを受け入れるか、立ち向かうかを自ら選ぶことはできます。けれどもそんな「自由」が、実は人間にとって逃れられない運命になっている、とサルトルの一節は語ります。サルトルが、自由に見るものは、「所有の自由」(近代資本主義の根本原理)ではなく、「存在の自由」です。だが、存在する自由へと人間は断罪されている、というところに、彼の実存主義があります。上の一節は「人間は自由の刑に処せられている」と訳されることもあります。

 

 予選では課題文に日本語訳と解説を付記しています。国際大会本選では単に英文で課題文のみが与えられる形式になります。

添付資料: エッセイには必ず、①選んだ課題の番号 ②氏名 ③住所と電話番号 ④E-mail address ⑤学校名と学年 ⑥学校のアドレスと電話番号、を添付してください。

エッセイの送り先: 957-8585 新潟県新発田市富塚 1270 敬和学園大学 IPO事務局

締切: 2010年1月31日
選考結果: 敬和学園大学のHPに発表します。一次予選通過者に対し、二次選考をいたします。二次選考では英文でエッセイを書いていただきます。
金賞(ギリシアでの第18回国際大会への参加資格)2人、と銀賞(1万円図書カード)2人、銅賞(5千円図書カード)3人を入賞者とし、当委員会から直接連絡します。

問い合わせ先: E-mail で jitsuzon@mbox.kyoto-inet.or.jp またはayashi@za2.so-net.ne.jpまで。哲学的内容についての質問は後者のアドレスでお受けしています。

 


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