図書館だより

敬和学園大学 図書館だより(2012年1月号)

学生に推薦したい本(国際文化学科教授 丸畠 宏太

『危うし!小学校英語』 鳥飼玖美子著、文春新書、2006年。

みなさんのなかにも、英語が自由自在に話せたらと願う人は多いであろう。でも、なかなか思うように上達しない。こんなことならもっと早くから勉強しておくべきだった。どうせなら、勉強なんて意識する前から英語に慣れ親しんでいたらよかったのに。そう、幼少期から英語に親しむ教育を受けていれば、もっと楽だったはず・・・。
こんなふうに、考えることはないだろうか。じつは2011年4月から、日本では外国語活動を小学校で教えることが義務化されたのである。コミュニケーション英語にあくせくしているみなさん、今の時代に生まれていればよかったね。少なくとも、自分の子供の時代には、親のような苦労は大いに軽減されそうだ。だが、ちょっと待った!早くから英語を学べばいいというものではない。いや、それは危険ですらある。これから紹介する本はまさに、小学校からの英語教育導入に待ったをかけようという意図から書かれた本なのである。
著者の鳥飼玖美子さんは現在、立教大学教授。日本でも有数の英語の使い手で、1970年前後から同時通訳者として、国際会議などの大舞台で活躍してきた人である。今日でもNHK英会話に出演しているから、ご存じの人もいるかもしれない。その英語の達人の発言であるから、英語の早期教育に賛成の人も反対の人も、一度は虚心坦懐に耳を傾けるべき意見・提言が、この本にはあふれている。
鳥飼さんはまず、英語学習は早くからはじめる方がよい、という「常識」に疑問を呈する。確かに、中学・高校・大学と通算10年英語を学んできた日本の大学出身者より、10歳のアメリカ少年の方が英語はペラペラである。だから、子供をバイリンガルにしようとするなら、幼少期からシャワーを浴びるように英語に親しむ環境を整えるべきである、などと言われることは多い。しかし鳥飼さんは、そもそも普通の日本人の両親のもとで日本国内のごく普通の環境に育つ子供が、そんな英語のシャワーを浴びる環境をもつことなど、あまりに非現実的なことだと言う。そして、幼少のうちなら英語を楽に身につけられるという説にも、さまざまな実験や研究の成果をもとに、数値を示して反論する。

つぎに鳥飼さんが指摘するのは、小学校からの英語教育の中身だ。じつは、これは国語や算数のように教科書を使って行われる「科目」ではなく、教科書のない「活動」に位置づけられているに過ぎない。だから教科書は使われないし、教えるのはほかの教科も教えている普通の日本人の先生で、彼らは英語教育法を学んできたわけではない(ちなみに、小学校教諭のうち、中学などの英語教員免許を持っている人は、確か数パーセントに過ぎない)。しかも、英語の授業時間数は、週にわずか1時間である。ネイティヴのティーチング・アシスタントにも問題がある。彼らのほとんどは、外国語としての英語教授法を身につけていないのである。ネイティヴなら誰でも母国語を教えられるというものではない(みなさん、試してごらんなさい)。いや、間違った教わり方で身についたものは、後で正すのはきわめて困難である(たとえば、スポーツや楽器などで、間違った基礎を身につけた人の再教育がどんなに大変かを考えてみよ)。
とはいえ、鳥飼さんもまた、実践に使えない日本の英語教育に警鐘を鳴らしている一人である。そこで彼女は提案する。中学の英語教育を質量ともに、思いっきり充実させなさい、と。さらに中学・高校・大学と、それぞれの段階で到達目標を定め、それに見合った質の高い英語教育を導入するのである。また、母語の教育でも自分の意見を述べること、他人と議論することを重視し、コミュニケーションとは何かを身につける必要があり、これもまた外国語教育の基礎になるのだという。母語でできないことが外国語でできるわけないからである。
以上、私の関心に引きつけて本書を紹介してきた。もちろん、鳥飼さんの立場に反対の人も少なくないであろう。いや、むしろ反対意見の持ち主こそ本書を読んでほしい。それは、鳥飼さんの主張が感情論や決めつけではなく、ほとんどすべて、きちんとした事実、研究成果の裏付けに基づいているからなのである。外国語学習に関心を持つ人だけでなく、きちんと筋道を立ててものごとを議論をしようと思う人にも、ぜひ読んでいただきたい本である。