神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

異邦人の光(2017.12.8. C.A.H.)[2017-12-08]

       「主よ、今こそあなたは、お言葉通り
        この僕を安らかに去らせてくださいます。
        わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
        これは万民のために整えてくださった救いで、
        異邦人を照らす啓示の光、
        あなたの民イスラエルの誉です。」(ルカ2:29-32)

20171208チャペル・アッセンブリ・アワー1

 

クリスマスは光の祭りです。星の光に導かれて東方の博士たちは御子の誕生の地ベツレヘムまで導かれてきました。クリスマスツリーには赤・黄・緑・青の光が点滅しています。クリスマスは歌の祭りです。クリスマスにはたくさんのクリスマス・キャロルというクリスマスソングを歌います。クリスマスにキャロルを歌う習慣は中世14世紀ころからヨーロッパで始まりました。「キャロル」は、もともとダンスを踊る曲から来ています。そこで現在にいたるまで「キャロリング」では、クリスマス・キャロルを歌いながら、街中を練り歩く習慣が残っています。

新約聖書には、マタイ福音書とルカ福音書にイエスの誕生物語があります。ルカ福音書1-2章の誕生物語では、3組の男女のペアの物語が組み合わされています。すなわち、洗礼者ヨハネの父で祭司のザカリアと母エリサベトという子が生まれない高齢夫婦の物語、イエスの父ヨセフと母マリアの婚約した未婚の若者に子が生まれる物語、シメオンとアンナという未婚の男女の高齢預言者の物語です。そこでは3組の男女に天使を加えて4つの讃歌が歌われます。

第一は、イエスの母「マリアの讃歌」(1:46-55)です。ラテン語で最初の言葉「(主を)あがめ」は、「マグニフィカート」という言葉で始まるので、「マリアの讃歌」は「マグニフィカート」と呼ばれています。そこでは、マリアに救いの業がもたらされたことが歌われます。

第二は、洗礼者ヨハネの父「ザカリアの讃歌」(1:68-79)です。ラテン語で最初の言葉「ほめたたえよ」は「ベネディクトゥス」で始まるので、「ザカリアの讃歌」は「ベネディクトゥス」と呼ばれています。そこでは、「ユダヤ人の光」である神の救いが歌われます。

第三は、「天使の讃歌」(2:14)です。ラテン語で最初の言葉「栄光」は「グローリア」で始まるので、「天使の讃歌」は「グローリア」と呼ばれています。そこでは「天には栄光、地には平和」と人類の平和が歌われます。

第四は、預言者「シメオンの讃歌」(2:29-32)です。ラテン語で最初の言葉「今こそ…去らせてくださいます」は「ヌンク・ディミッティス」で始まるので、「シメオンの讃歌」は「ヌンク・ディミッティス」と呼ばれています。そこでは私たち日本人を含めた「異邦人の光」である神の救いが歌われます。

シメオンは、信仰深い敬虔な預言者で、神の霊によって救い主に逢うまでは死なない、という神のお告げを受けて信じました。しかし、それがいつであるかは告げられませんでした。そこでシメオンはメシアの誕生を信じて、待ち続けていました。待つことは相手を信じてできることです。シメオンは聖書で「神を待ち望む」人として象徴的に描かれています。そして、死の直前になって、ユダヤ教の習慣に従って初めて生まれた子イエスを神に献げるために神殿にお祈りにきたヨセフとマリアという若夫婦に出会い、神の約束の言葉が成就した瞬間に神を讃えて歌います。

「今こそあなたは、この僕を安らかに去らせてくださいます」の「安らかに去る」とは安らかな気持ちで死を迎える婉曲的な表現です。また英国国教会祈祷書の夕べの祈りで、毎日安らかな眠り迎える前の祈りとしても歌われます。
「この目であなたの救いを見たからです」:赤子イエスを直接見て、その生涯を洞察し「救い」を理解したのです。
「万民のため…の救い」:ユダヤ人と異邦人の両者を含めた「万民」(人類全体)の救いであることを理解したのです。
「異邦人を照らす啓示の光」:一方、ユダヤ人から見た外国人である「異邦人」の「光」に象徴される「救い」。
「民、イスラエルの誉れ」:他方、神の「民」「イスラエル」であるユダヤ人の「誉れ」に要約される「救い」。

12月8日は「パール・ハーバー」を思い起こして平和を祈る日です。「ザカリアの讃歌」で「暗闇と死の陰に座している者たちを照らし」て「平和の道に導く」「あけぼのの光」(ルカ1:78-79)と歌われた救い主の誕生は「シメオンの讃歌」では「異邦人の光」と歌われました。クリスマスは心の中でキリストが誕生することを祝う祭りです(Ⅱコリント4:6)。この地上にキリストが誕生したことを感謝して、人種の「隔ての壁」(エフェソ2:14)を越えて、世界に平和が訪れることを切に祈り続けつつ、あきらめないで忍耐強く待ち続けましょう。(山田 耕太)

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