神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

祈りについて[2019-10-11]

街中では柿がたわわに実っています。キャンパスではウメモドキの小さな赤い実が実っています。

大江健三郎氏が「信仰を持たない人の祈り」ということを語っていることに興味と関心を持ちました。その核心は「集中」することだそうです。これは真理の一面を突いています。祈りとは、あることに心を注いで、心を集中させて願うことだからです。

しかし、「信仰を持つ人の祈り」には、もう一つの面があります。それは「対話」です。祈りとは、神や仏などと呼ばれる自分を超えた存在の前で、ある時は言葉を交わして、ある時は沈黙の中で、「対話」することだからです。祈りは定まった言葉の祈りもあれば、自由な言葉の祈りもあれば、沈黙の中から言葉の端切れが出てくる祈りもあります。

このような「対話」の中で心を「集中」させる祈りは、「願い」の祈りばかりでなく、自分を超えた存在を称えて感謝する「称賛」の祈りや「感謝」の祈り、また「自分」のための願いばかりではなく「他人」のために願う「執り成し」の祈りもあります。祈りとは、自分を超えた存在との言葉による、あるいは沈黙の中でのコミュニケーションなのです。

物事がうまくいかず、四面楚歌になり、八方塞がりに陥った時には、大空を仰いでみましょう。空はいつでも開いています。そして、祈ってみましょう。(山田 耕太)

2019.10.11学長ブログ

今週行われた避難訓練での秋晴れの大空

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