学長室だより
2026年度前期卒業式式辞(金山愛子学長)

金山学長からの式辞
イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当に私の弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」 (ヨハネによる福音書8章31-32節)
「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』」 (マタイによる福音書22章36-39節)
本日敬和学園大学を卒業される皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんの多くは同じ年度に入学した人たちよりも、少し苦労してこの日を迎えられました。学生生活にはさまざまな悩みや困難があったかもしれません。そのため、卒業までにやや多めの時間を要した方もおられるでしょう。困難に耐えて初志を貫徹し、晴れて卒業式を迎えることができたからこそ、今日の日はなお喜ばしく、尊いものだと思います。一つの山を登り切って本日学位を授与されることに、胸を張ってください。この節目がこれからの人生を生きる皆さんにとって自信となることを願います。これまで皆さんを支えてこられたご家族の喜びもひとしおと思います。ご家族の皆様にも心よりお祝い申し上げます。
敬和学園の掲げる教育の理想について一言お話させてください。そして、どのような学生生活だったか皆さんも一緒に振り返ってみてください。まず、敬和学園の「敬和」という名前は、「神を愛し、隣人を愛する」というキリスト教のもっとも重要な掟に由来しています。これを「神を敬い、人と和す」と言い換えて「敬和」とし、大学では「神を敬い、人に仕える」を建学の精神としています。神によって創られた「人はみな等しく尊い」とする人間観に基づいた「キリスト教教育」、そして「地域貢献教育」「国際理解教育」を柱に「実践するリベラルアーツ」教育を行い、「平和で人権が守られる共生社会」の創り手を育てています。大学で得た知識や能力と姿勢、自分自身の資質や時間を他者や地域のために用いて貢献してほしいというのが私たちの願いです。
学科の学びでは、未知の分野の学問の奥深さを知ったり、世界が広がったと思ったりしたこともあったでしょう。一つの事象についても複数の立場からの考えや解釈があり、AIの時代では偽りの情報も入り込んでくることも知ったと思います。その中で何が事実か、何が真実か、何が善かを見極め自分の考えを形作る難しさも経験したでしょう。また、いくつかの選択肢から何を選ぶのか、何を基準にして選ぶのか迷ったこともあったでしょう。その過程で、自分自身のもつ偏見や思い込みに気づいたり、社会の同調圧力に流されていると感じることもあったかもしれません。他者へのリスペクト、対話しながら答えを探し求めていく姿勢も学んだと思います。敬和学園大学の卒業生に求められる能力に、「批判的思考」というものがあります。これは相手を批判したり論破したりする能力のことではありません。「待てよ」と立ち止まって考えることです。自分自身の考えでも、世の中の半数以上がこうだと考えることでも、権力者の言うことでも、それが正しいことなのか、人を幸せにすることなのかを自分で吟味する力です。聖書はイエスの言葉にとどまることを教えます。イエスの言葉は、愛に向かわせる言葉だと思います。何かを選んだり決めたりする基準に、愛を据えることができます。そうすることで自由になれると聖書は言っているのではないかと思います。
リベラルアーツの学びはすぐに効果が出るものではありません。後からじわっと皆さんの人間性としてでてくるものです。これが教養というものです。リベラルアーツ教育は人間教育であり、その成果は卒業生一人ひとりです。今はわからなくても、卒業して30年後のいつの日か理解できる問いもあります。問い続ければ、見えていなかったものの本当の姿が見えるようになる瞬間が訪れるのです。
『星の王子さま』という物語を知っていますか。その作者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、1930年代から郵便物をフランスからアフリカや南米に空輸する仕事をしていましたが、飛行機が砂漠に不時着する経験を何度かしながらも、飛行機乗りを辞めることはありませんでした。その彼が「重要なのは飛行機の操縦ではない。飛行機は目的ではなく手段だ。命を懸けるのは飛行機のためではない」と言い切ります(『人間の大地』)。むしろ「人間の仕事をし、人間の苦労を知る。風、星、夜、砂、海を相手にする。自然の力と駆け引きする」ことで生きることを愛しているのだと言います。彼はリビア砂漠に飛行機が不時着して、もう一人の仲間と3日間ほとんど食べ物も飲み物もないところで300キロ近くを歩き回り、ついに一人のアラブ人、ベドウィンの民に助けられるという経験をします。ここで眠ってしまえば楽になれると思いながらも、妻や同僚の顔を思い浮かべた彼は、人間が世界との絆を感じるのは、涙や別れや非難をも含めて人間関係の重みであり、人間が求めるのは、人々とつながった一人の人間でありたいという欲求だと語ります。
多くの神話で英雄が神になる、神格化される物語は多数存在しますが、キリスト教では神が人となられたと言います。それは何を教えているのでしょうか。キリストによる罪の贖いがその中心的なテーマですが、周囲の人々の中に神の似姿が垣間見えるというメッセージもあるのではないかと思います。砂漠を3日間もさまよっていたフランス人に、砂漠の真ん中でなみなみと水を汲んだたらいを差しだしてくれた一人の貧しい遊牧民を、サン=テグジュペリは神のようだったと言います。しかも、その人を特定の個人として記憶するのではなく、彼はあらゆる人間の顔で現れると言います。
皆さんには、人種も言語も宗教も超えて人とつながって生きてほしいと思います。皆さんも誰かにとってのベドウィンの民になることもあるかもしれません。これからの生活に不安はあると思いますが、勇気を出して歩み出してください。まだ見ぬ人々、まだ知らない世界との出会いが皆さんを待っています。
最後に聖書にある預言者の祈りを皆さんに贈ります。幸せな時も不安な時も悩みの時も、皆さんのために次の祈りが祈られていることを心の片隅においてくだされば幸いです。
主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らし
あなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたにむけて
あなたに平安を賜るように。 (民数記6章24-26節)
本日はご卒業誠におめでとうございます。皆さんの前途に神様の大いなる祝福をお祈りいたします。
2026年9月15日
敬和学園大学長 金山愛子
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