チャペルのひびき

神が人となられたこと

7月24日のチャペル・アワーは、金山愛子先生(本学学長)がご担当くださいました。先生は、ご自身の生い立ちから成長の過程で、またその後の歩みの中で、聖書の言葉とどのような出会いをしてこられたかを教えてくださいました。人生の途上における様々な機会を捉えて、聖書の言葉にこめられた真理とその奥行きが少しずつ、また確かな仕方で、先生の心に開示されてゆくとともに、生きるうえでの価値基準となっていったことを知ることがゆるされました。とりわけ先生は、聖書の根幹をなす出来事としての、主イエスにおいて「神が人となられた」ことの意味合いについて、心を込めて説き明かしてくださいました。それは、私たちが、出会う人、一人ひとりの中にキリストを見てゆく者となるためとのこと。私たちはいろいろな仕方で他者との関係を結びながら生きていますが、その一つ一つの関わりの中にキリストがいてくださることを心に留めつつ、他者と共に生きることを学んでゆきたいと願います。翌週の7月31日は、「キリスト教音楽」の受講生たちが「敬和クワイア」として、讃美の歌声を響かせてくださいました。初めて聴く曲も多くありましたが、メンバーの皆さんは、その一つ一つに丁寧な解説を施してくださいました。讃美(歌)とは主イエスとの出会いを通して神様の愛を知らされた者たちによる神様へのラブソングといってもよいでしょう。そのことを素晴らしい歌声を通して教えてくださったクワイアの皆さん、また彼(女)たちのご指導にあたられた山際則子先生に心より感謝します。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー
説教 「人となられた神の子」 学長 金山 愛子 先生


Ⅱ.アッセンブリ・アワー
「キリスト教音楽」受講者による発表

<参加学生の感想>
感想1)今回のチャペル・アワーでは、キリスト教に触れる人々、そして金山先生の宗教的解釈について知り、キリスト教は昔々からさまざまな人たちと関わってきた身近な宗教であると理解した。まずこの敬和だが、「神を敬い、人に仕える」を少しばかり改変して命名されたものであり、学園の根本に繋がっているという私自身との関係性を再度知った。人を育むために宗教を扱うとは個人的に真新しい発想だ。そして金山先生についての話だが、中学から高校にかけて、自分の中の価値基準を探す為に聖書を読むというのが面白かった。金山先生は今でもキリスト教と隣り合わせで生きている方なので、彼女の価値基準の中に宗教的思想も混ざっているのだと思う。それほどにキリスト教は広く深い道徳的情緒的な宗教なのだ。私も人生構成の参考までに聖書を読了したい。
感想2)みなさんの心のこもった歌声が部屋に響いていて、きれいでとてもよかったです。お腹から声を出しているようで言葉ひとつひとつに気持ちも込められていて聞いていて心が安らぎました。歌う前に、その歌の解説があるのが嬉しかったです。聖書のどの部分に書かれているかを知ることでさらに讃美歌を楽しめました。後で改めて聖書を読んでみようと思います。素敵な発表をありがとうございました。
感想3)チャペル・アワーにおける金山学長のお話では、幼い頃からキリスト教が身近にあった金山学長が、その後の人生のなかでお考えになられたことについて知ることができました。その中で、「今日出会う人の中にキリストを見る」という言葉が特に印象に残りました。誰の目もない中でも自分を律し続けるのはとても困難なことで、だからこそ私たちは自分の行動をずっと見守っている、もしくは見張っている存在がいると信じることで、道を外れないように努めるのだと思いました。完全に人となった姿で民の中に入り、直接手を触れて人々をいやす神という話は、先生いわくキリストくらいにしか見られないものだと言います。そのように生き、そして人々に尽くし無実のまま身をささげた神を敬うこと、それはすなわち私たちもまたおごりを捨てて目の前の人を愛し、人に仕えることなのではないかと私は感じました。

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