チャペルのひびき
異なる光のもとで世界と自分を読み直すこと
7月17日のアッセンブリ・アワーは、山田孝太郎先生(「阿賀と生きる会」代表)をお招きする幸いを得ました。小学生の頃にまでもさかのぼることのできる新潟水俣病との出会いから、現在なさっておられる団体を設立なさるまでの経緯について触れられながら、山田先生は、社会の問題を自分事として捉え、学んでゆくための一つのモデルを提示してくださいました。無理な背伸びをすることなく、私たち自身の日常感覚に即しつつ、さまざまな回路を通して、苦しんでいる人々の小さな声に耳を傾けて連帯してゆけるのだとの思いを皆さんの多くが心に抱かれたことでしょう。社会問題にコミットする上での敷居を大いに下げてくれるような素敵なお話でした。これに先立つチャペルでは、「異なる光のもとで、世界と自分を読み直す」とのテーマでお話しさせていただきました。複眼的思考を養うことにより、世界や人間の営みの読み直しを、リベラルアーツの学びが促してくれるのと同様に、聖書のメッセージに耳を傾けることは、神の愛の光のもとで、世界と自分を読み直してゆくこと。そのことは、終わってしまったとしか思えぬ自分の人生の本当の歩みが、そこからこそ始まるのだということを知らされてゆくことでもあるのです。キリスト教精神に立つリベラルアーツの大学で学ぶことの真の幸いを心に留めていただけたらと心から願います。(下田尾 治郎)
Ⅰ.チャペル・アワー
説教 「異なる光のもとで世界と自分を読み直す」 宗教部長 下田尾 治郎 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講演 「小さな声の受け止め方 私が水俣病を学ぶ理由」 阿賀と生きる会 山田 孝太郎 先生

<参加学生の感想>
感想1)私は小学校、中学校、高校を通して新潟水俣病や公害を学びましたが、これも過去に起こったことや第三者の視点でしか学んでいませんでした。山田先生の話を聴いて、若い人が社会的な問題に携わっていく姿に対して活力を感じることができました。水俣病の患者の方も「若い方に聞いて欲しい」と若い人の力を求めていることを初めて知りました。私は、他者の痛みに鈍感になることで差別や偏見が起こると思うし、自分自身の理想のマイノリティ像でも差別や偏見が起こることに注意が必要だと思いました。これからたくさんの事を学んでいく上で、さまざまな小さな声に触れてみて考えていくことが大事だと考えました。
感想2)『イカロスの失墜』とても良い名画ですね。主役のはずのイカロスが絵の片隅にいるのに対し、名も知れぬ農家が中心で畑仕事をしています。イカロスが太陽に近づきすぎて蝋の翼を灼かれ墜ちてゆく様はまさしく悲劇にもかかわらず、この絵では農家の日常風景が描かれているんです。そして、彼はイカロスの方には見向きもしていません。自分の悲劇は誰かにとって日常風景の片隅で起きた出来事にすぎない。それは人によって絶望だったり、はたまた救いだったりするのでしょう。私にとっては後者でした。絵の中では太陽がなんてことない顔して空に浮かんでいます。それにどれだけ安心することか。先生は「悲劇は始まりでもある」とおっしゃいました。聖書を通して自分を読み直すことで人生の見方が変わる。悲劇を悲劇で終わらせず、意味を見出し、そこから再び歩み始める。だから「悲劇」は始まりなんだと思いました。







