神を敬い、人に仕える(4代目学長 山田耕太)

「愛敵の教え(ルカ6:27-36)」(2019.11.17.日本基督教団新津教会敬和学園大学デー説教)[2019-11-17]

皆さん、おはようございます。今日は敬和学園大学デーにお招きいただき、心から感謝を申し上げます。敬和学園高校は創立52年目を迎え、敬和学園大学は開学29年目の歩みを進めております。高校の卒業生は8,000人を超え、大学の卒業生は4,300人を超えそれぞれ社会で活躍しています。この間の長い間、新津教会の皆さま方をはじめ地域の諸教会の皆さんのご支援、ご協力を賜ってきましたことを覚えて重ねて深く感謝を申し上げます。

さて、今朝は「愛敵の教え」と題して皆さんとご一緒に聖書から学びたいと思います。ご存じのように、ルカ6章後半はイエスが「平らな所で」(ルカ6:17)で語った「野の説教」という箇所です。マタイ福音書5-7章のイエスが「山に登って」(マタイ5:1)で語った「山上の説教」とほぼ同じことが書かれています。「山上の説教」はインド独立の父であったヒンズー教徒のマハトマ・ガンジーやアメリカの公民権運動の父のマルティン・ルーサー・キングの非暴力抵抗運動の思想にも影響を与えてきた、イエスの教えの有名な箇所です。

今朝は、「山上の説教」ではなく、「野の説教」を取り上げます。それは複雑な構成の「山上の説教」よりも簡単で素朴な構成の「野の説教」の方が、イエスのオリジナルな説教の構成を保存していることが長年の研究で明らかになっているからです。ただし、イエスの一つひとつのオリジナルな言葉は、ある場合にはマタイが、またある場合にはルカが保存していることが、最近の研究で分かってきていますが、それは折々指摘していきます。

「野の説教」の聴衆は、「弟子たち」(6:20)、イエスに従う人です。始めに「幸いなるかな」で「神の国」に入る人への祝福があり(6:20-23)、「愛敵の教え」(6:27-36)と「人を裁くな」(6:37-42)という表裏一体をなす神の国を支配する原理の「二つの教え」が語られます。結びにその教えの実践は「実によって木を知る・心に溢れるものを語る」(6:43-45)という格言で、その結果は「岩の上と砂の上に家を建てた人」の譬で語られます。

ここから本論に入ります。第一に、神の国に入る人にとって重要な教えは「汝の敵を愛せよ」(27)です。「敵」とは誰でしょうか。ルカはそれを「あなたを憎む人」(28)と言い換えます。さらに具体的に「悪口を言う者」「侮辱する者」(28)と言葉であなたを誹謗中傷する人を指しています。それでは「愛する」とはどういうことを指すのでしょうか。それは端的に言って「祈る」ことです。それをルカは「親切にする」「祝福を祈る」と言って最後に「祈る」と言い直します。「あなたを誹謗中傷する人のために祈ること」それが「敵を愛する」ことです。

敵も味方も越えて祈る理由を、マタイは天地創造の神による太陽と雨の恵みを取り上げて、「父は悪人の上にも善人の上にも太陽を輝かせ、正しい者の上にも正しくない者の上にも雨を降らせる」(マタイ5:45)という人間の善悪や正しさという人間の相対的価値基準を越えた自然原理について言及しますが、ルカはそれを省略します。

第二に、徹底した祈りから具体的な行動が生まれてきます。それは「目には目を」「歯には歯を」(出エジプト記21:24)という「復讐をしない」こと、すなわち「同害報復の禁止」です。「頬を打たれたら反対の頬を出す。上着を取られたら下着をも与える。求める者には返してもらわないつもりで与える」(29-30)は具体的にそうせよと言っているのではなく、仕返しをしないで寛大な心でいることを極めて印象的なイメージで語っているのです。

第三に、「仕返しをしない」という極めて寛大な心から、さらに積極的な行動の原理が導かれます。すなわち、「人にしてもらいたいと思うことを人にしなさい」(31)という黄金律です。マタイはこれを「律法であり、預言者である」(7:12)と旧約聖書全体の教えを要約したものとコメントします。実は、ほとんど同じことを孔子も言っています。「己の欲せざる所を人に施す勿れ」(論語)。しかし、イエスと孔子は行動の積極性と消極性という点では正反対です。また、「愛する者を愛する」のも(32-33)「返してもらうことを当てにして貸す」のも当然であり(34)、「敵を愛する愛」「与える愛」はそれらを越えた「神の愛」(アガペー)に由来することを示唆します。

徹底した祈り、仕返ししない寛容な心、積極的な行動の3点をまとめた結論は「神が憐れみ深いように、憐れみ深くなりなさい」です。マタイは「憐れみ深い」を「完全な」と解釈しています(6:48)。私たちも憐み深い人となりましょう。それが隣人との諍いや争いを少なくし、やがて世界の平和に通じる道です。祈りましょう。(山田 耕太)

2019.11.17学長ブログ

日本基督教団新津教会

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