学長室だより
留学でもすれば?
中川先生から強く勧められても就職があるわけでないので、ありがとうございますとお礼を述べて、この話は終わってしまったのです。そのうち別の教授から、期末試験の採点を手伝うように言われました。アルバイトでないので無給であるのは分かっていました。非常勤助手の立場では、こうした業務を命じられても断れないのです。数日かけてかなりの枚数の答案を採点しました。お宅までそれを届けに行ったのですが、その時のわたくしの顔は憮然としていたはずです。それを受け取った先生が、「はいお礼」と手の切れるような一万円札を差し出したのです。びっくりしました。それだけの仕事をしたからという思いから、素直にそれを受け取りました。
その教授が同じ質問をしてきたのです。「君、これからどうするのだね」と。選択肢などないので「塾で教えます」と答えました。今まで学んだことを投げ出すのは無意味だと、この教授も言うのです。黙って聞いていました。すると「留学でもすれば」と、あっけらかんとした調子で言われたのです。何を今さらという気持ちでそれを聞きました。「論文を読んで、この人なら、ついて学べるなと思った学者はいないのかね」と言うのです。答えられないのもしゃくでしたので、「ええ、一人います」と正直に応答しました。「その人は今どこにいる」。
この問答が、わたくしの人生を決めることになったのです。それもこれも不思議な出会いによるのですが、「留学なんて」という気持ちでいたわたくしは、それがどんな意味を持つのか、全く分かっていませんでした。(鈴木 佳秀)