学長室だより
ダビデの物語・ダビデの台頭史その28
サウル軍の追跡をかわしながらダビデの一党は荒れ野や要害にとどまり、全面対決を避けていたのです(サムエル記上23章、24章)。油注がれた王であるサウルを戦いで討ち滅ぼすことなど、ダビデは考えていなかったからです。従者団や自身の生涯を主なる神に委ねつつ、迫り来る危機に対処していたのです。
逃亡生活の中で逃れ場を確保しようとしていたダビデの前に、ひとりの男が登場します。渾名(あだな)をナバル(「瀆神的(とくしんてき)な愚か者」の意)といい、妻の名はアビガイル(「わが父は喜ぶ」の意)で「聡明で美しかったが、夫は頑固で行状が悪かった」と聖書は伝えています(25章3節)。ナバルは裕福で、カルメル山に羊三千頭、山羊千匹を持っていました。
羊や山羊の数が財産の基準でしたから、ナバルが羊の毛を刈っていると聞き、ダビデは10人の使者を送って「あなたに平和、あなたの家に平和、あなたのものすべてに平和がありますように」と言わせています。「平和」の原語はシャロームで、現在でもユダヤ人の日常の挨拶言葉になっています。羊の毛を刈る時には盛大な宴が催され、関係者に食事やワインが振る舞われます。日頃からナバルの羊飼いたちをそれとなく保護し、護ってきた経緯があるため、従者団のためにも、ダビデはナバルの厚意に与らせてほしいと申し出たのです。(鈴木 佳秀)