チャペルのひびき
言葉の混乱の中で真実を見分けるために
先週のチャペルにおいては、田中利光先生(共生社会学科教授)が旧約聖書「創世記」中のバベルの塔の物語をもとに、説教をご担当くださいました。その物語の主題は、一つの言語を語っていた人類の中に、言葉の混乱が生じ、互いに意思疎通のできない事態に陥ってしまったこと。先生は、このことは、すぐれて現代的な問題であることに私たちの目を向けてくださいました。現代社会は情報の氾濫する社会。さらには驚くべき速さで浸透してゆくAIの問題がそこに重なります。フェイクなものも含まれる情報の氾濫する社会において、私たちはいまだかつてないほどに言葉の混乱のただ中に投げ出されています。そこにあって大切なことは、真実を見抜く力を養うことであり、大学はその力を育むところであると先生は語られました。お話の最後のところで、新約聖書に触れながら、イエスが十字架に架かられる前後、弟子たちも言葉の混乱の中に生きていたこと、しかしそのさなかにあって、主イエスこそが真実な方であることがあきらかにされ、その方の語られた「平和あれ」との言葉において、彼らは確かな歩みへと導かれていったことも教えてくださいました。本学がよって立つ基盤を改めて教えていただいたように思います。アッセンブリアワーにおいては、新潟県原爆被害者の会の事務局代表として活動されている西澤慶子先生(敬和高校元教諭)のお口を通して、原爆という二度とあってはならない悲惨なできごとについて知らされると共に、平和のために私たちに何ができるかについて思いを巡らす貴重な時間を与えられました。私たちの身近で戦争を経験した方からお話を聞くこと。そのことをSNS等を通じて発信すること。学んだことを戦争のためではなく、平和のために用いること。大切なことの数々を教えていただきました。(下田尾 治郎)
Ⅰ.チャペル・アワー
説教 「混乱と平安」 教授 田中利光 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講話 「両親の被爆体験と被爆2世としての体験、今思うこと」 新潟県原爆被害者の会 事務局代表 西澤慶子 先生

<参加学生の感想>
感想1) 今日の社会は言語よりも情報が大切になっていて人と会話をせず、AIに頼りすぎて、考えないことが問題で民主主義の崩壊につながりかねないことを学んだ。情報量が増えても真実に近づけるわけではないという意味は情報量が増える=誤情報や不確実な情報も含まれるため逆に遠くなってしまうということだと考えた。当時、インターネットなどが普及していない中でも情報に踊らされていることがあって驚いた。大学では真実を見分けられるような大人になるために勉強をがんばっていきたい。
感想2) 「アーメン」とは、ヘブライ語で「その通り」という意味があることを初めて知りました。また、その言葉は聖書の最後に言われる言葉だが、それは“確信”であるということも初めて知りました。
感想3) 戦中、戦後に生きていた祖父や祖母が亡くなった今、戦争の話を聞くことがなく、こうやって生きた話を聞くことはとても貴重だと感じました。一度も祖父や祖母から戦争の話を聞く機会もなかったがシビアな話なので、こうやって話していただけることは、今やこれから先の未来への戦争の悲惨という言葉では表せないくらいの悲惨さを語り継ぐべきだと考えたが、中には話したくない、思い出したくないと思う人もいるということは忘れてはいけないし、思い出したくないほどのことが平気で行われていたということは忘れてはいけないと思いました。今受けている多くの授業で第二次世界大戦について学んでいます。自分は、自分で思っているより何も知らないということを知り、自主的に文献を読んだり、体験談を読んだりしている最中だったので、より学びが深まったと感じました。






