チャペルのひびき

偶然の出会いがつなぐもの

先週のアッセンブリ・アワーは、胎内市ご出身で現在カンボジアにて保健教育に携わっておられる増子夕夏先生(一般財団法人・学校保健・エコヘルス財団理事)をお招きし、貴重なお話を伺う機会を与えられました。第2次大戦後にカンボジアという国のたどった歩みや現在の政情や教育事情について教えてくださるとともに、先生はご自身の歩んでこられた道のりについてもお話しくださいました。先生は、若き日に教師となることを志して上京し、大学を卒業なさったものの、その願いはかなうことなく、様々なお仕事に就かれることになります。けれども、それらの仕事をなさる中で与えられた数々の出会いを通して、先生の人生は思ってもみない方向へと展開し、最終的にはカンボジアという国へと導かれていったのでした。絶たれてしまったかのように思えた教育の業に携わっておられることの不思議さを先生はお語りになられましたが、「神は曲がりくねったまっすぐな道を引かれる」とのとある国の諺を想い起こさずにはいられませんでした。人生の途上において偶然のように与えられる出会いに真摯に向き合ってゆくことの大事さ、また思い通りにいかぬことだらけであっても、それらの中にも将来の実りつながる確かな種が撒かれていることを増子先生は教えてくださいました。チャペルでは、ロシアの作家ドストエフスキーの小説中の「遠くのものは愛せても近くのものは愛せない」との言葉をきっかけに、また牧師時代の経験にも触れながら、「この小さきものの一人にしたことは私にしたのである」との主イエスの言葉に学ぶ時とさせていただきました。「平和、人権、共生」といった本学の中心的な教育理念を「遠くのもの」(人間不在の空疎な理念)としないためにも、具体的で名前を持った生身の人との関わりにおいて、不断にそれらに内実を与えてゆくことの大切さを思います。(下田尾 治郎)

Ⅰ.チャペル・アワー 
説教 「この小さき者の一人にしたのは」 宗教部長 下田尾 治郎 先生

Ⅱ.アッセンブリ・アワー
講演 「わたしはなぜカンボジアで働くのか」人生の偶然の贈り物と、教育がつくる人・未来  一般財団法人学校保健・エコヘルス財団理事、カンボジア代表 増子夕夏 先生

<参加学生の感想>
感想1)いつも身近にいるものや人は居て当たり前と考え、価値を感じなくなってしまうことがある。多くの人がこの感覚を感じるそうだ。「遠くの者は愛せるのに、近い者は愛せない」ドストエフスキーが記した言葉であると学んだ。自分の理想と現実の差異が原因に挙げられるようにイメージしていた姿とは異なる真実を見て落胆してしまう。ありのままの自分を受け入れ、向き合うことが大切だというお話を聞いた。自分を愛せない人は他人を愛せないという言葉があるように自分を大切にしていきたいと考えた。また、今の友達を大事にしたいと感じた。
感想2)アッセンブリ・アワーでは、カンボジアから帰国していた増子先生からお話をしていただきました。人生の中で、興味が湧いたものに迷わず突き進み、やりたいと思ったことにどんどん挑戦しているのがすごいと思いました。失敗を怖がらずにこうして挑戦してきたことでカンボジアと出会えたことは、努力の結晶なのだと実感しました。私は、これと決めたら、これと意志を曲げることを恐れていたので、人生を楽しんでという言葉に意識を変えることができました。いろいろなことに挑戦し、自分にとってかけがえのない偶然の出会いが見つかればいいなと考えました。日本のように、一人ひとりが整備の整った環境で質の高い教育が受けられ、医療費もそんなにかからない貴重な暮らしは当たり前ではないことを考えさせられました。学校にトイレがあることにも感謝を忘れてはならないと思いました。カンボジアに行けば教育について学べることが多くありそうなので、少し興味が湧きました。